【愛の◯◯】おれに感謝してくれるキモチが無くて◯◯

 

日曜日ということもあって、愛とふたりで邸(いえ)に『プチ帰省』している。

 

ソファで隣同士仲睦まじくしているのは、愛とあすかだ。

真向かいに座るおれは、そのやり取りを眺める。

 

「おねーさんおねーさんおねーさん」

「なあに、あすかちゃん? 『おねーさん』を3回も連呼して」

「次の、『呼び捨て&タメ口DAY』についてのご相談なんですけど……」

 

ここで説明しておこう。

『呼び捨て&タメ口DAY』とは如何なるものか。

それは、

・ふだんあすかを『ちゃん』付けにしている愛が、『ちゃん』を取って呼び捨てにする

・ふだん愛に敬語を使っているあすかが、タメ口になる

という日なのである。

ただそれだけのことだ。

今よりもっと親睦を深めるための定期的イベントらしい。

これ以上仲良くなってどーするねん、おまえら。

……そういう漫才的なツッコミを入れてしまいたくもあり。

そして、親睦を深めるのに『呼び捨て&タメ口』がどのような効果をもたらすのか、謎でもあり。

 

おれの疑問をよそに、

「11月のうちに、1度は『呼び捨て&タメ口DAY』やりたいわよね」

と愛が言う。

ところで『呼び捨て&タメ口DAY』っつうワードは、ちょっぴり長過ぎやしませんかね。

『よびすてあんどためぐちでい』。ひらがなにすると13文字。13音(おん)だ。
略さないの? キミたち。

そう疑問視していたら、

「あ。アツマくんひょっとしたら、『呼び捨て&タメ口DAY』っていう名称の長さに辟易(へきえき)してるんでしょ」

と愛が言ってきた。

なに。

ココロ、読めるの。

「辟易はしてない、たぶん。ただ、上手い省略の仕方があるんでないかー、って」

おれが答えると、

「そうねえ」

と、愛が右人差し指を口元に当てて、

「例えば――『呼びタメDAY』?」

「一気に短くしたな、おい」

「これぐらいは短くするでしょ」と愛。

「よーし、今後は『呼びタメDAY』という略称を積極的に使っていくわよ」と愛。

「いいわよね? あすかちゃん」

「おねーさんは天才ですね。略称だってすぐに発明しちゃうんだから☆」

「それほどでもないわよ☆」

「謙遜はNGですよ☆」

あの。

おふたがた。

「愛もあすかも、『呼びタメDAY』……の次回を、決めておかんでいいのかいな」

「あっ!」と愛。

「そうだった!」とあすか。

「お兄ちゃんの指摘がここ半年でいちばん鋭い」と付け加えるあすか。コラッ。

「いつにしましょう? おねーさん」

勤労感謝の日とかどう? 次の祝日でもあるし」

祝日が呼び捨て・タメ口の根拠になるんかいな。

いい加減な。

「絶対『気まぐれだ』って思ってるでしょー、アツマくん」

またココロ読まれた。

愛。おまえはエスパータイプポケモンかな??

「兄貴! おねーさんを愚弄(ぐろう)したら、クッション3枚投げつけるよ」

「ばか。愚弄なんかしてねーよ」

「神様と妹のわたしに誓って言える!?」

「神様を持ち出すな」

「持ち出すよ!!」

めんどくせ。

 

× × ×

 

呼びタメDAY』は勤労感謝の日で決定したらしい。

 

勤労感謝の日か~。

「なあなあ」

おれは、間近な距離で寄り添ってソファに座っている愛&あすかコンビに向かい、

勤労感謝の日は、おれに感謝してくれるよな? おれ、社会人になったんだしさ。勤労してるワケだから」

しかしあすかはニヤニヤと、

「甘いよ」

「な、なにが甘い」

「お兄ちゃんは『ヒヨコの社会人』に過ぎないでしょ? 働き始めたばっかりなんだから。勤労感謝の対象になるのは、まだ早い。それに、お兄ちゃんの勤労の恩恵、わたしはそんなに受けてないし」

「あ、あすかは受けてないにしても。ほら、愛のほうは……」

「まあ、そうよね」

言いながら愛が微笑する。

「ある意味、アツマくんに養ってもらってるとも言える」

そうは言うのだが、微笑には不穏な成分も混じっているような気がして、そしてその懸念を証明するかのように、

「だけど、あなたはやっぱり『ヒナドリ』よ」

「『ヒナドリ』?? なんだそれ、エナジードリンクを略したみたいな響きの……」

「どうしてボケちゃうの。『ヒナドリ』って、ヒヨコのことよ?」

ここであすかが、

「お兄ちゃんもしや、『ヒナドリ』の『ヒナ』が漢字で書けないんじゃないの!?」

と猛烈に言ってくる。

「漢字に弱いんだ~~」

ムカムカが兆してくるおれに一切構うこと無く、本当にどこからともなくルーズリーフとボールペンを取り出してきて、

『雛』

という1字を書くあすか。

画数が多く、書ける自信が無い。だからおれは押し黙ってしまう。

あすかの書き文字がキレイなのが、そこはかとなくムカつく。

「なにムカッとなり始めてんの兄貴」

あすかまでココロを読みやがって。

「ほらあ。週刊少年ジャンプで『アオのハコ』って漫画あるでしょ? 負けヒロイン確定な『雛』って名前の女の子出てくるじゃん。兄貴ならたぶん知ってるよね」

「……」

「わたしの高校時代の後輩にも『ヒナちゃん』がいて。あの子の『ヒナ』は漢字表記違うんだけどね」

「……」

「なんなの愚兄!? そんな顔で黙んないでよ。そんなに『緊急漢字書き取りテスト』ブチ込まれたいの!?」

 

あすかさん。

罵倒コトバが乱暴になるのはいいけど、節度を持った乱暴さで、ね……。