「あら、あすか、筒井康隆の『時をかける少女』を読んでるのね」
「うん。中学3年生のときに読んで以来」
「ずいぶん可愛らしい表紙イラストだけど……」
「いとうのいぢさん。『灼眼のシャナ』や『涼宮ハルヒ』の絵も、この人」
「あ! そういえばそうよね。ハルヒの面影を感じちゃうわ」
「だよね~、感じちゃうよね~」
「わたしは大昔に読んだきりだから、だいぶ中身を忘れちゃったわ」
「なら、ネタバレしないほうがいい?」
「あすかにお任せよ」
「りょーかいっ。……ところでところで、おねーさん」
「なにかな?」
「全く上手く説明できないんだけど……筒井康隆の文体って、なんか、良(い)いよね」
「あ~、あすかのキモチ、よく解(わか)る~~」
「そう?」
「1930年代生まれの作家なんだけど、若いわたしたちにも『しっくり来る』のよね。『普遍性』というものかしら」
「もっとも、『時をかける少女』って60年ぐらい前の作品だから、ところどころ古くなってる部分があるのは否めないけど」
「古い部分を差し引いても、『しっくり来る』でしょ?」
「だね。なんとゆーか、『馴染む』」
「『時かけ』が発表された頃に生まれた、今60歳前後の作家の書くものを読んでも、なかなか『馴染めない』ことがあるのに」
「例えば?」
「もーーっ。名指しで言えるわけないでしょーっ?? あすかったらぁ☆」
× × ×
夜である。マンションである。マンションのリビングである。
昨日と同じく、妹のあすかがマンションに突撃してきて、尊敬している愛と仲睦まじく。
単に仲睦まじいだけではない。
上記のやり取りを読まれたお方なら解る通り、あすかは愛にタメ口・愛はあすかを呼び捨て。昨夜と全く同様に、『呼びタメDAY』なのである。
懲りないなぁ。
「おーい、妹よ。くっちゃべってたら、いつまで経っても『時をかける少女』を読み終えられないぞ」
「愚兄うるさい」
……コラッ。
愚兄とは、なんだっ。
「それに、『くっちゃべってたら』とか、言葉遣いが汚すぎ」
なんだよそれ。
「『汚すぎ』は、『言いすぎ』じゃっ、あすか!」
「言いすぎじゃないもーん♫」
例によって妹は、兄であるおれに一切構わず、
「おねーさーーん」
と、ソファで隣同士の愛に甘く呼びかけて、
「こんな愚兄のことなんか放(ほ)っといて」
と言って、
「わたしたちふたりが楽しくなるようなコト、しよーよ」
と言って、愛に肩を寄せていく。
「わたしも、あすかと楽しいコトがしたいわ。『時かけ』はいつでも読めるもんね」
同調するおれのパートナー。
あすかが、角川つばさ文庫版『時をかける少女』をテーブルに置いた。
それから元の体勢で、自らの右手をスゥッ……と上昇させていった。
そりゃどういう手の動かしかただ? と疑わしくあすかを見ていたら、上昇させた右手を愛のロングヘアの方向に緩やかに伸ばしていくではないか。
もしや……と思った次の瞬間、あすかの右手の指が、愛の栗色のサラサラロングヘアに触れた。
柔らかな手付きで愛の栗色の髪を撫でていくあすか。
「どーしたのよ? わたしの髪がそんなに大好きなの?」
嬉しそうに嬉しそうに言う愛。
「大好きに決まってるじゃん♫」
あすかの弾むような声。
愛は、しばしのあいだ、あすかの撫でる手付きを味わい深く見ていたかと思えば、
「もうっ、あすかってばぁ☆」
と言うやいなや、あすかの上半身に抱きかかり始めた。
なにをしてるんですかねー、おふたりさんともー。
あすかを抱き留める愛。その美しい顔が、あすかへの愛情に溢れている。
抱き留められているあすかは、自分への愛情に、幸せに溢れた表情で応える。
見てるこっちが恥ずくなるコミュニケーションも……程々にしようね。