「CM研」のサークル室で、某県に所在する『うどん』をテーマとしたフードテーマパークのCMを観ていた。
会長の白井さんが、
「羽田くんは、うどんと蕎麦のどっちが好き?」
と訊く。
ぼくは、
「どっちも甲乙つけがたいところですが」
と言い、
「選ぶなら、蕎麦のほうですね」
と言う。
「さっきのCMのフードテーマパークを運営する人たちが泣いちゃいそうだな」
確かに。
あのパークに携わっているのは、うどん命! の人々なのだろうから。
でも、ぼくが『どちらかといえば蕎麦』なのは、真実(ほんとう)なのであって。
パークのかたがたには申し訳ないけど、自分に嘘はつきたくない。
「きみが蕎麦のほうを推す理由は?」
訊く白井さんに、
「推すというほどではないですけど。『うどんor蕎麦』で蕎麦を選んじゃうのは、姉の影響でしょうね」
と答える。
するとすかさず、
「ほほぉー。きみの美人なお姉さんかー」
とニヤリとなって白井さんは言い、
「蕎麦好きなの? 美人女子大学生なきみのお姉さんは」
……どうして姉の「美人」を強調するんですか。
白井さんは姉の写真を見ただけ。会ってもいない。
なのに、なんだか実際に会ってきたような口ぶりで……。
× × ×
「うちのサークルも難儀な人ばっかりだ」
リビングのソファに背を預けて、ヒトリゴトを呟く。
ヒトリゴトを呟けたのは周囲にだれも居なかったから。
静かなリビングだった。
だった……のだが、例によって(?)、あすかさんらしきペタペタという足音がしてくる。
あすかさんがリビングに入ってくる。
彼女は開口一番、
「おつかれー、利比古くん」
今日はそんなに疲れてはいないんですけどね。
「疲れるようなことは特にしてないですよ、今日は」
「そこは素直に『おつかれー』を受け止めておくべきところだよ。分かってないね」
『分かってないね』が余計に思えるんですが……とココロの中でツッコむぼくを尻目に、勢いをつけてソファに着座するあすかさん。
彼女はぼくの左斜め前のソファに。
「タブレット端末はどうしたの」
と訊いてくるから、
「今晩はタブレットは見ません」
と返答する。
「うそぉーー、なんで!?」
元気にオーバーリアクションする彼女。
ここ3ヶ月間ほど彼女は元気ではなかったので、オーバーリアクションといえど元気なリアクションだったのは安心要素。
ではあるが、
「まるでぼくがタブレット端末と一体化してるかのように思ってませんか? それは誤りですよ」
とツッコミを入れる。
「そこまで思ってないからぁ」
彼女は苦笑。
溌剌(はつらつ)とした苦笑ぶり。
なによりである。
「タブレットでウィキペディアる代わりに、ここでなにをしてたの?」
さらなる問い。
「CM雑誌を読んだり読まなかったりしてました」
テーブル上のCM雑誌を見やりながら答えてあげる。
彼女もCM雑誌の存在に気付き、眼を留める。
しかしすぐにぼくの方角に視線の向きを変え、
「今日大学に行って『CM研』に顔を出してたんでしょ」
「ハイ」
「CMの上映会とかやるんだよね? 今日は?」
今日鑑賞したうどんテーマパークCMについてぼくは説明を試みた。
そしたらば、
「うどんかあ。わたしちょうど今、『うどんチックな気分』だったんだよ」
はい??
「なんですか、『うどんチックな気分』とは」
「……」
いや。
説明してくださいよ。
流し目でぼくを見てくるんじゃなくて。
あすかさん、あなたはほんとーに、流し目とかのリアクションで「はぐらかし」をしてくるのが得意ですよねえ。
もう少し真面目になれませんか!?
……まあ、ぼくの姉よりは、真面目でいてくれてるんですけど。
「漫画を読んでたんだよ」
流し目スマイルを持続させたまま彼女は言って、
「『うどんの国の金色毛鞠』っていう漫画」
と、ぼくもタイトルだけは見たことのある漫画の名前を出してきて、
「単行本は全12巻」
と情報を提供し、
「今日の午後、ずっと読んでた」
と打ち明ける。
「それで、あすかさんは、うどんが食べたくなったり?」
「YES」
彼女は楽しそうに、
「本場の香川県に行って、ホンモノの讃岐うどんが食べたくなってきた」
と。
「でも香川ですから、そう簡単には行けませんよね」
「それはそうだねー。ドラえもんがどこでもドア出してくれないかなあ」
「……ぼくたちの邸(いえ)にはドラえもんは居ないでしょう」
「それはそうだよね~~」
と言いつつも、楽しそうに楽しそうに、
「だけど……この邸(いえ)って破格の広さだから、どこかにどこでもドアが潜んでそうじゃない!?」
「……潜んでるわけないでしょーが」
「つれないね」
「悪かったです」
× × ×
「あすかさん。ぼく、言いたいことがあるんですが」
「え、さっきので終わりじゃなかったの」
「終わり? なにがですか」
「今回のブログ記事」
まったくっ……。
「もう少しだけ続くんですよっ!」
「なんでスネるかな」
「文字数が云々とか言うのは無しですからね、あすかさん。あんまりメタフィクショナルになり続けると、品性が疑われますから」
「品性とか、またまた。利比古くんもずいぶんとひねくった言いかたするよね~」
まったくまったく。
軽く眼の前の彼女に憤りつつ、も。
ぼくは背筋を伸ばす。
きちんとした座りかたをする。
姿勢を正すだけでなく、真面目な眼つきで彼女を見ることに努める。
努力が伝わったのだろうか。
さっきまでぼくを「おちょくりモード」だった彼女の顔つきが急変し、戸惑いがじわりじわりと表情に浮かび上がり始める。
スッと息を吸い、ぼくは、
「言いたいことは。あすかさんに伝えたいことは、なにかというと」
「……なにかというと、?」
「嬉しいんです。ハッピーなんです、ぼく」
「え、ええっ」
「あすかさん。あなたが、元通りになり始めてるから」
「あ……。」
ハッとする彼女の真顔が、眼に焼き付く。
伝わったんだな。
「元気が戻ってきてますよね? ……やっぱり、元気いっぱいがいちばんですよ、あなたは」
彼女は照れていく。
ぼくが「あなた」という二人称を使って話したからかもしれない。
この二人称は普段使わない。
言わば、とっておきの二人称。