【愛の◯◯】気づいたら目尻を拭っていて

 

自転車で児童文化センターにやって来た。

駐輪場からセンターの建物へと、春の暖かさを感じながら歩く。

 

自動ドアが開く。

入館すると、カウンターでルミナさんが、本の貸し出しのやり取りをしていた。

本を借りてお母さんと一緒に帰っていく小さな子に、ルミナさんが微笑みの眼差しを寄せる。

さすがルミナさん、プロフェッショナルは違うな……と思いつつ、カウンターに向かっていき、

「ルミナさん、おはようございます」

と挨拶する。

「おっはよー、愛ちゃん」

「金曜日以来ですね」

「そーね。愛ちゃんとは、一昨日会ったばかりだ」

実は金曜日にお邸(やしき)で、ルミナさん・ギンさん・わたし・アツマくんの4名で飲み会をしたのである。

ただ、今は児童文化センターという場に居るので、飲み会のことには触れず、

「わたし、ここには久々に来た感じがする」

「そう?」

「なかなか、ここまで出向く気力も無かったから……現在(いま)は、充電が完了したって感じで、どこにでも出ていけるけど」

ルミナさんは、労(いたわ)るように、優しく、

「良かったじゃないの。フル充電できて」

「……ですね」

「過去は過去よ」

「はい」

「あたし、4月からも引き続きここの勤務だから。なにかあったら、いつでも駆け込んできていいから」

「駆け込む、って」

ルミナさんの表現に苦笑しちゃうけど、

「――ありがとうございますルミナさん。ルミナさんのコトバ、元気をくれる」

「嬉しい」

「嬉しいですか?」

「モチロン」

 

× × ×

 

もっと元気になるために、自販機で紙コップコーヒーを買い、フリースペースのテーブル席で飲む。

 

……ウイーン、と自動ドアが開いて、10代の男の子が入館してきた。

わたしより背が高い。

でも、雰囲気にあどけなさが残ってるから、たぶん中学生かな。

 

……ちょっと待って。

わたし、あの子に見覚えがある。

最後にあの子と会ったときと、背丈はぜんぜん違う。

それに、髪も『あのとき』よりぜんぜん長いし、顔立ちにも『あのとき』には無かった男らしさが……。

だけど。

間違いない。

 

――気づいたら、椅子から立ち上がって、その男の子を見つめていた。

 

「――長野源太(ながの げんた)くん!? そうよね!? 源太くんよね!?」

 

声を掛けずにはいられなかった。

間違いない、100パーセント、源太くんだ……!!

 

源太くんはわたしに気づくと、はにかみ混じりに笑う。

わたしの胸の鼓動が速くなる。

 

「愛さんだよな?」

 

訊き返される。

わたしは、ゆっくりと彼に歩み寄る。

「そうよ。わたしよ」

「おれも、おれだよ。長野源太だ」

斜め下向き目線で、

「約3年ぶり、かしら……?? 源太くん、あなたと最後にここで出会ったとき、あなたは小6の1学期だったわよね?!」

「だったな。だから、もうすぐ中3になる」

中学3年生……!!

「なんで目線が上がらないかな」

成長した源太くんにダメ出しされてしまうわたし。

男の子が変わる時期なんだってことは理解していても……大きく変わった源太くんと眼を合わせてコミュニケーションする勇気が……まだ出て来ない。

「……」

情けなくも押し黙り、胸の鼓動を抑えつけ、勇気を出そうとして、ちょっとだけ目線を上げる。

「中学受験があったから、あれから、ほとんどここに来れなくて。受験はうまく行ったんだけど……中学生になっちまうと、こんな場所には縁(えん)が遠くなっちまうだろ?」

彼は言う。

「わかる、わかるわよ」

わたしは答える。

「あのさ、」

彼は、

「おれ、卓球部に入ってるんだよ。中学で」

ホント!?

「ホント!?」

「ホントだよ。

 理由は……。

 愛さん、あんたにここの卓球場でコテンパンにされたのが、悔しくて。で、あんたに勝てるぐらい、強くなりたかったんだ」

……わたしはようやく、彼と眼を合わせられるようになる。

「愛さん、大学生なんだろ?? 現在(いま)」

「そうよ。まだまだ、大学生ね……」

照れくさそうに、

「大人っぽさが増した気もするけど、やっぱり愛さんは愛さんだな。変わってない、とも言える」

と彼。

「あの女子校の制服着せたら、JKだ」

と彼。

「なによ、それ……」

たしなめるように言う。

だけど。

感動の再会が、感慨深すぎて。

気づけば……目尻の涙を、拭っていた。