ダイニングテーブルの上にオカズのお皿を何皿か置く。炊飯器を開け、中のタケノコご飯を軽く混ぜる。
「いい匂い」
本当にいい匂いなので、席についている利比古に伝える。
「美味しく炊き上がったわ。早くあんたに食べさせてあげたい。姉であるわたしの自信作なんだから」
お邸(やしき)のダイニング・キッチンにはわたしと利比古の2人しか居ない。
『さあ、お吸い物を入れるわよ〜』と鍋に眼を向けようとしたら、
「あのさ」
と利比古がボショッと呟き、
「たしかに、いい匂いが漂ってきてるけど。タケノコご飯って普通は春の料理じゃない? ぼくにだって分かるよ、タケノコの旬が春なのぐらい」
と指摘する。
わたしは全く動じず、
「甘いわね〜。あんたもまだまだよね。秋に旬になるタケノコもあるのよ。お料理は常識にとらわれちゃいけないの」
「秋が旬のタケノコなんて本当にあるの?」
「あるの」
「……自信に満ち溢れた顔にお姉ちゃんはなってるけどさ」
「なによ」
「お母さんだったら、タケノコご飯を11月には絶対作らないよね」
え!?
なによ、それ。
話の中にお母さんをいきなり出してこないで。
ダイニングテーブルに接近し、テーブル上に両手を突き、前のめりになる。
「利比古? お母さんはお母さんで、わたしはわたしなのよ。ぐちゃぐちゃ言ってないで、わたしの愛情150パーセントの手料理を味わいなさい」
× × ×
完璧に食器を洗い、完璧に食器を拭いた。
わたし専用のマグカップにホットかつブラックなコーヒーを入れ、ダイニングテーブルまで運んだ。向かいの利比古は温かいほうじ茶を飲んでいる。
「さーーて。食後の感想を聴かせてもらおうかしら?」
栗色の長い髪を左手でかき上げ、弟を見つめる。
わたしから見て右横に弟は視線を逸らし、
「美味しくないわけ、ないよね」
とコメント。
何だか歯切れが悪いので、
「ただ『美味しい』と言うんじゃなくて、美味しさの根拠を挙げなさい。できれば根拠を3つ」
可愛い弟は焦るように、
「な、なにそれ。根拠……だなんて。大学のレポートじゃないんだから」
すかさず、
「大学のレポートみたいなものよ」
「お姉ちゃん!?」
満面の笑顔でわたしはコーヒーを啜(すす)る。
コーヒーの仕上がり具合もたいへんよろしい。
× × ×
可愛い弟は結局『根拠』を2つしか言えなかった。ペナルティとして、わたしが観たいAmazonプライムビデオのコンテンツをテレビ画面で一緒に観てもらうことにする。
Amazonプライムビデオといっても、映画嫌いのわたしが映画を再生するわけもない。
「あんたも『水曜どうでしょう』好きだったでしょ」
ソファの上。左隣の利比古に喋りかけつつ、リモコンを操作する。
「まあね」
応答する利比古だけど、
「そこは『まあね』じゃなくて『好きだよ』って答えるところよ?」
と敢えてのたしなめ。
「……ごめん」
謝る最愛の弟を味わいつつ、本編の前フリの新規パートを飛ばしていく。
記念すべき最初の『サイコロの旅』が始まる。
「うわぁ〜〜。1996年だって。わたしもあんたも全然産まれてないじゃないの〜〜」
「『全然』産まれてないってなに、『全然』って。日本語が乱れてるよ、お姉ちゃん」
「これが30年近く前の東京の風景なのね〜〜」
「……もっと真面目になってほしいんですけど」
「なーに? スネてるの?」
わたしに答える気もないらしく、
「夜行バスって、どれぐらいつらいんだろうか」
と言いながら、ふてくされる。
エピソード1の再生が終了。
「利比古。『どうでしょう』の映像だけじゃなくて、不機嫌なあんたも面白かったわ」
「そこまで不機嫌になってないよ。誤解してもらっちゃ困るな」
左隣の弟の表情をわたしはチェックした。
なんだか普段よりオトナっぽい雰囲気を醸し出していて、少しだけドキッとする。
それから、
『利比古もハタチ。お酒が飲める年齢なんだから、幼さがだいぶ薄れてきてるんだわ』
と覚(さと)る。
両手を顎(アゴ)に乗っけて、やや前傾姿勢。カワイイというより、カッコイイ。
あどけなさが消えていくのは残念。
なんだけど。
わたしの弟に新たな魅力が芽生え始めているんだから。
姉として……弟の背中に左手でぽん、と触れる。首のすぐ下のあたり。
それから、その部分をぽんぽん、と軽く数回叩く。
「なにしてんの」
少しトゲのある声で言う弟に、
「控えめな愛情よ」
と、優しく言う。