利比古がマンションに来てくれた。
昼ごはんを作ってあげて、今は、恒例の食後のコーヒータイム。
喫茶店勤めのアツマくんのおかげで、美味しいコーヒー豆が手に入ったので、その豆を挽いて、ふたり分のホットコーヒーを淹れる。
コーヒーカップを置くと同時に、角砂糖入りの瓶も置く。もちろん、角砂糖を使うのは利比古。姉のわたしはなんにも足さない。
カスタマイズしていないコーヒーのお味を確かめていると、
「お姉ちゃん」
と利比古が呼んできて、
「今日で1月も終わり。いよいよ、お父さんとお母さんが帰国するのが近づいてきたね」
と言ってくる。
「そうね。一刻も早く、おとうさんとコーヒーが飲みたいわ」
呆れ笑いもしくは苦笑いの利比古が、
「どうしてお父さんとに限定しちゃうの。お母さんが可哀想でしょ」
「お母さんとコーヒー飲んだって仕方無いでしょ」
「お姉ちゃんはブレないなあ」
「お母さんとはあんまりベタつきたくないのよ」
「なに、その表現」
「利比古には分かんないか。男の子だもんね」
「『女同士であるから』こそ?」
「あれっ。案外理解力高いのね、あんたも」
「高くもなる。家族のことなら」
× × ×
両親は一軒家にふたりで住む。
引き続き、わたしはマンションでのアツマくんとのふたり暮らし。
引き続き、利比古はお邸(やしき)での生活。
「バラバラに住むわけだけど、こういう家族のカタチも『あり』よね」
「そうだねお姉ちゃん。お姉ちゃんもぼくも、コドモじゃないんだし」
その通り。
なんだけど、
「でも時には……4人で暮らしてた頃を、懐かしく思い出すわ」
「あ、お姉ちゃん、ウットリとした眼になってきてる。恍惚(こうこつ)って言うのかな」
「からかわないでよ。わたしマジメに懐かしがってるんだから」
「『マジメに』、ねぇ」
「ま、マジメで、なにが悪いのよっ」
「お姉ちゃんが『マジメに』って言っても、説得力無い気がする」
少しムカムカしてきてしまって、
「利比古っ? あんたにしたって、フマジメなこと多いでしょっ。あんたのフマジメさは、いくらでも列挙できるんだから……」
「はいはい」
「ずいぶんと軽薄(ケーハク)ねっ」
「ごめんね。姉弟(きょうだい)ゲンカなんてしたくないから、謝る」
「……わたしだって。姉弟ゲンカなんて、もう懲り懲り」
「互いに小学生だった頃が、姉弟ゲンカのピークだったよね。お姉ちゃん、ぼくを泣かせて、お母さんによく叱られてたでしょ?」
にわかに熱が立ち昇ってきて、
「し、叱られたコトとか、思い出させないで、利比古ッ」
「個人的には、いい思い出なんだけどな」
そう言ったあとで弟は、
「よく泣かされたけど、心の底では、いつもお姉ちゃんを尊敬してた」
と言うもんだから、別の種類の熱までも立ち昇ってきてしまう。
「お姉ちゃんは――」
本格的に過去語りモードの弟は、
「お母さんに対しては、思春期に差し掛かる前から、反抗期で」
とか言い出して、
「買い食いしたのをお母さんに咎められたんだけど、『わたしはゼッタイにわるくないっ!!』って猛反発して、家から脱走して」
「……夜の8時まで帰らなかったときの話?」
「そ。家族みんなで捜(さが)したんだけど、結局お姉ちゃんが自分から家まで戻ってきて。泣き顔がグシャグシャだったから、だれも怒る気になれなくって」
わたしはむず痒(がゆ)くなりながらも、
「ただの茶番だったのよ、茶番。自分勝手に怒って家出未遂起こして、自分勝手に悲しくなって泣きじゃくって戻ってきた」
「『自分勝手』だったって認識は持ってるんだ」
「うるさいわね」
「あのときだけどさ。ぼく、お姉ちゃんの『芯の強さ』に感動もしたんだよ? 家出するって決めたら、本当に実行しちゃうんだもん」
「家出『未遂』に過ぎなかったから……」
「だとしても」
朗らかに笑って、利比古は、
「昔から、お姉ちゃんを尊敬すること多かったし。今だって、尊敬してるんだし。ぼくは、お姉ちゃんが自分の姉で、良かった。ぼくは幸せ者なんだと思う」
すごい勢いで利比古の顔を直視できなくなっていく、わたし。
「なに……それ……。なによ、それ……。まるで、愛の、こくはく、みたいに」
「ある意味、告白だな☆」
「とととととしひこっっ」
「なにかな」
「あっちの、ソファに、移動、しましょうよ」
「どーして」
「じ、じぶんでも、わかんない!! だけど、ソファであんたとベッタリしたら、キモチも、すこしはおちつく……!!」
「支離滅裂なお姉ちゃんだ♫」