自由登校期間初日の朝。
いつもの平日より少し遅く起きちゃった。
気が緩んでいるんだろうか。
気を緩めたらダメなんだけどね。気を引き締めて受験勉強するための、自由登校期間。
ダイニングで遅めの朝食。
パパはとっくに出勤している。
ママはなぜかお休み。
「ずいぶん遅くまで寝てたじゃないの」
スープを飲もうとしているところにママがやって来て、
「お布団の中で会津くんのことでも考えてたの?」
と言うから、スープが入ったカップを落とす寸前になる。
どうにか持ちこたえて、
「ママっ!! 朝からとんでもないこと言わないでっ」
「だってー。ソラと会津くんって、『そういう』関係でしょー?」
ママと反対方向を向いて、
「ママに言うんじゃなかった。こうやってからかわれるのなら」
「いずれはバレるものよ」
冷蔵庫に眼を凝らして、わたしは、
「パパにはバラしてないよね?」
「バラしてないかどうかは、ソラがこっちを向いてくれたら、教えてあげる」
× × ×
自分の部屋に戻った。
切り替えたかった。
切り替えたかったから、わたしの一番の親友のことを想う。
ヒナちゃん。
部長の座を降りてからも、ヒナちゃんは元気に部活動にやって来ていた。
それとともに、受験勉強もスパートをかけていて、
『帰ってからは、夜の12時まで勉強してる。勉強以外の誘惑を全部はねのけて』
と話していたことがあった。
それぐらい頑張らないと、受からないんだろう。
ワセダは甘くない。
自由登校期間になったから、今日はもうこの時間帯から猛勉強しているはず。
スマートフォンを手に取って、親友同士のツーショット写真を見る。
「がんばれ」
スマホを持つチカラを少し強めて、写真の中の小柄なハーフアップの女の子に、エールを送る。
ヒナちゃんとは、いろいろあった。
いろいろあったから、こそ、一生懸命エールを送る。
いろいろあったから、こそ、一番の親友なんだ。
ヒナちゃんは本宮(もとみや)なつきちゃんに部長職を譲った。
なつきちゃんはキチンとしているから、立派な部長になってくれるはず。
わたしなんかより、だいぶキチンとしているんだもの。
ただ、わたしたちが卒業すると、一時的に部員が2人だけになってしまう。だから、新年度になったら、新しい部員を集める必要がある。
ま、『スポーツ新聞部』って、他校でも有名なほどネームバリューがあるんだから、きっと入部を希望する新入生がいるはず。楽観視していい。
がんばってね、なつきちゃん。
先輩がついてるよ。
わたしたちの世代だけじゃない。1つ上の加賀先輩、2つ上のあすか先輩。それから、その上の世代の先輩も、背中を後押ししてくれるから。
貝沢温子(かいざわ あつこ)ちゃん――『オンちゃん』は、もうすぐ2年生だ。
副部長クラスのポジションとして、大車輪の活躍を見せてほしい。
オンちゃんなら、きっと大活躍してくれる。
彼女の文章力、どんどん伸びていて、ひょっとしたらわたしの文章力を追い抜いてしまっているかもしれない。
有望。
ちなみにオンちゃんは図書委員を掛け持ちしている。本が好きらしく、かわいいブックカバーをかけた文庫本をよく持ち歩いている。
図書委員は女子だけではない。
女子だけではない、から、◯◯な要素もあって――オンちゃんは『それ』に絡んでいるのやら、いないのやら。
笑ったらダメなのかもしれないけど、図書委員会の事情を思うと、ついついニヤけてしまう、こともある。
× × ×
さて、勉強に取り掛かるべきだけど、某私立大学の過去問集を開くモチベーションがなかなか湧いてこない。
……なので。
× × ×
「図書館に行こうよ」
「自宅で大人しく勉強していられないということか?」
「そうだよ。会津くんもなんじゃないの?」
「ボクは今日既に過去問を2年分解き終わっているんだが」
「なにそれ。ちょっとムカッと来るんですけど」
「……絶対、笑いながら言ってるだろ」
「大正解」
楽しい気分で、
「残りの過去問はさ、」
と言い、
「一緒に解こうよ。図書館の自習室で」
と言う。
会津くんからのレスポンスが少し途切れる。
途切れたあとで、
「第一志望大学の、偶然の一致も……困りものだな」
「困りものだなんて言わないでよ」
即座にわたしはそう言って、
「それに。ほんとーに、偶然の一致、なのかなぁ??」
またもやレスポンスが途切れる。
うろたえているんだろう。
しょーがないんだからっ。
「一緒の大学に行けたら、いつでも会うことができる。そのことが、受験勉強の原動力になる」
そう言って、わたしは押しを強める。
そしてそれから、
「ねえねえ、会津くん?」
と、スマホの向こうの彼氏に呼びかけるように言って、
「大学生になったら、お互い、呼びかたを変えようよ」
と言ってから、
「わたしのことは、『ソラ』って、下の名前で、呼び捨てにしてほしい」
と、ちょっとだけ照れくさくなりながら、お願いする。
やがて、彼氏から、
「……君は、ボクのことを、どのように?」
というクエスチョンが来る。
彼女たるわたしは、当然のごとく……ニコニコしながら、答えるのを焦(じ)らす。