愛とアツマさんがふたり暮らししているマンションに来た。
ダイニングテーブル。例によって、愛はブラックのホットコーヒーを味わっている。わたしはホットレモンティー。
「アツマさんが帰ってくるのは18時以降なのよね」
「待ち遠しいの? 侑(ゆう)」
「待ち遠しいわよ」
「慕ってるのね。リスペクト具合がちょっと謎だけど」
苦笑いの愛に、
「世界でいちばんアツマさんの帰宅が待ち遠しいのは、あなたでしょう? 愛」
と言って、突っつく。
「……」と愛は頬(ほほ)を染め、コホン、と咳払い。
「侑」
まだ照れの残る顔で愛は、
「サークルのことについて話しましょうよ」
「無理やり話題を変えたわね」
「『無理やり』じゃないっ」
「はいはい」
『漫研ときどきソフトボールの会』。『ソフトボール』のほうに焦点を合わせて、春からの活動について意見を交わす。
男子を鍛えたい。
「同学年だと、脇本くんが鍛え甲斐ありそうだわ」
という愛のご意見。
対するわたしは、
「同学年なら、脇本くんより新田くんよ。サークル4年目に突入するのに、まるで進歩が見られない」
「侑ならそう言うと思った」
愛は微笑んで、
「新田くんのことになると、鬼になるのよねえ」
「なるわよ」
わたしは即答。
勢い余って、新田くんの悪口を言うことを重ねてしまった。
ソフトボールのことから遠く離れていく。
脱線を自覚しながらも、愚痴るのを止められない。
とうとう、「彼は漫画というものを舐めてるんだわ……」と、漫画家志望としての彼の『甘さ』に及んでいってしまう。
創作行為という営みに対する彼の認識がいかに甘いのか、ということを喋り続けてしまう。
一気に喋ったあとで、喘ぎながらミネラルウォーターが入ったグラスを口に持っていく。
ごくごく飲んで、グラスを乱暴に置いた、その瞬間に……インターホンが鳴り響いた。
× × ×
新田くんを口撃(こうげき)してのぼせ上がってしまったのを懸命に鎮(しず)めながら、夕食を食べた。
「わたしはコーヒー飲むけど、侑はなに飲む?」
「お茶。できれば、カフェインが入ってないお茶」
「分かったわ。冷蔵庫に爽健美茶があるけど、それでいいわよね?」
「うん」
わたしが頷くと、アツマさんが、
「おれも爽健美茶がいいなあ」
すかさず愛は、
「それなら、冷蔵庫から出して、侑のぶんもグラスに入れてあげなさい」
相変わらずパートナーに厳しい。
「アツマさん、夕ごはんご馳走してもらったんですから、わたしが爽健美茶出しますよ」
「優しいな、侑ちゃんは。どこのだれかさんと違って」
キッチンに立っている愛の殺気を感じ取りつつも、
「だってアツマさん、仕事帰りでくたびれてるでしょうし」
「じゃ、お願いするよ。ありがとな」
ダイニングテーブルの席から立ち上がり、ピリピリムードの愛を横目に冷蔵庫へ向かう。爽健美茶のペットボトルを出して、ピリピリしちゃっている愛の横に立って、グラスを2本用意する。
アツマさんの手前に爽健美茶を入れたグラスを置いてあげて、もう1つのグラスを持ちながら自分の席につく。ふたたびアツマさんと向かい合うかたちになる。
爽健美茶を飲む彼に視線を伸ばして、
「愛から聞いたんですけど。アツマさんはバッティングセンターに行くと、ホームラン級の当たりを連発するって。というか、ホームラン級の当たりしか出さないって」
彼は後頭部をぽりぽり掻きながら、
「そうでもないって。少しは、ホームラン級じゃない当たりも……」
「なに謙遜してるのよあなた!! ホームランしか打たないでしょっ、バッセンだと」
愛の大声をしなやかにスルーし、
「もしかして、侑ちゃんもバッセン行ってみたい?」
「はい!! 是非ともお供したいです」
「じゃあ今度、愛も連れて3人で行こうか」
そう言って、イライラしながらキッチンに立ち続ける愛を指さして、
「コイツも相当飛ばすんだぜ。見た目からは想像できないパワーヒッターなんだ」
ガッ!! と愛がキッチンを叩く音。
パートナーからの折檻(せっかん)など怖くもないアツマさんは、少しも構うこと無く、
「きみがどれだけ飛ばすのかも楽しみだな。サークルのソフトボール活動でも大活躍してるんでしょ? 愛のヤツ、きみのことを『右の強打者なの』って――」
背後から愛にポカポカ叩かれつつも、
「3人で行けば、絶対楽しいよ」
と言ってくれる、素敵なアツマさん。
わ~~~い。