「おはようございます、アツマさん」
「おー良く来てくれた、侑(ゆう)ちゃん」
「愛はどんな感じですか?」
「ソファに座って、くたびれてるよ」
リビングのところまで行ってみる。
アツマさんが言った通り、ソファに身を預けてグターッ、となっている愛。
「愛、おはよう」
声をかけたら、
「おはよ」
と、チカラ無き声で返答。
「どうしてあなたがそうなってるのかは、あとで訊くわ」
そう愛に告げて、
「アツマさん、任せてください」
と、出勤時刻の愛のパートナーに言う。
「迷惑かけちゃうね」
「いえいえ、そんな」
「ま、面倒くさいことになってるが……おれが帰ってくるまで、頼む」
ここで愛が、
「……面倒くさいってなによ」
とグチる。
「たしかに『面倒くさい』は言い過ぎたかもしれんな。すまん」
「あ、謝るのが早すぎない?!」
「愛よ」
「ちょ、ちょっとっアツマくんっ」
「侑ちゃんにしっかり甘えるんだぞ」
唖然となる愛であった。
唖然が可愛い。
元々、午前中はこのマンションで愛と過ごす予定だった。
ただ、朝起きたらアツマさんからのLINEが来ていて、
『愛が不調なんだ。出来るなら、でいいから、約束の時刻より早めにこっちに来て、愛の様子見てやってくれんかな』
即座にわたしは、
『OKです』
と返信した。
『ありがとうな。お礼に、仕事場からケーキを持ち帰って、きみに食べさせてあげるよ』
気が利くアツマさん。
ますます慕う。
× × ×
さてアツマさんは出勤し、部屋に愛と2人きりになった。
愛がグッタリしているソファの手前の丸テーブル。その付近に腰を下ろしてみる。
正面の愛を見据えて、
「あなたがそうなっちゃった経緯を知りたいけど」
と言って、
「わたしの推理だと」
と言って、
「悪い夢でも見たんでしょう。それで飛び起きてしまって、朝まで寝付けなかった」
「どうしてわかるの……?」
やっぱりそうなのね。
それにしても、愛って、『どうしてわかるの』が好きよね。
完全に愛の代名詞みたいなリアクションコトバになってる。
まあそれはいいとして、
「わたしには分かるの。大学を4年で卒業できなくなっちゃったことに関係する夢だったんでしょう?」
愛はうろたえて、
「そこまで……わかっちゃうの」
わかっちゃうのよ。
「夢から覚めたあとも、重い現実が、あなたにのしかかり続けてる」
指摘して、
「そうなのよね?」
と言って、愛の顔を優しく見つめることに努める。
今の愛の表情、高校生に戻ったみたい。若干コドモっぽくて、可愛さ2倍。
じゃなくって、
「あなたの様子をじっくりと観(み)たいところだけど……あまり見つめられ続けるのもイヤでしょうから、そっとしてあげて、わたしはわたしのしたいことをするわ」
後ろの本棚へ向きを変えるわたし。
「すごい本棚ね。あなたは本当に読書が好きなのね。あなたみたいに読書家な女子大学生、10000人に1人ぐらいだと思う」
「そんな。わたし、そこまでレアキャラじゃないと思う」
「そう思い込むのが希少価値の証よ」
愛はツッコミを入れてこない。
ツッコミを入れてこないのが、消耗していることの証拠。
「この本、読ませてもらうわ。助けてほしかったら、いつでも言って?」
「……」
「ナースコールみたいなものよ」
「……喩(たと)えが、大げさだから」
× × ×
好調時の愛みたく美味しくは作れないけど、わたしだってそれなりには料理が作れる。
飲食店のバイトの経験だってあるんだし。
そういうわけで、お昼ごはんを作ってあげた。
「はい、親子丼」
「親子丼作れたの、侑」
「これぐらい、『朝ごはんの前』よ。今は、昼ごはんだけどね」
愛は親子丼を凝視して、
「ちゃんとフワフワになってる。美味しそう……」
「そう思うのなら、眼を凝らしてないで早く食べちゃいなさいよ」
「うん。わかった」
× × ×
昼食後。
「負けちゃった。わたし」
「なに言うの愛。わたしのお料理なんかに打ちのめされたらダメよ?」
「打ちのめされるもん。美味しかったし」
「わたしの親子丼が街の弁当屋さんレベルなら、普段のあなたが作る親子丼は、帝国ホテルレベルだと思うんだけど」
「と、突拍子無さ過ぎない!? どーゆー喩えよそれ。そもそも、帝国ホテルで親子丼なんて出すのかしら??」
「出すんじゃない? よく知らないけど。和食のお店があるはずだし」
わざと流し目を送って、わたしは、
「愛って、帝国ホテルでお食事したことありそうよね」
「ななな……」
「なんだかんだ言って、ハイクラスな環境で育ってるんだし」
「わ、わ、わたし、ブルジョワでもなんでもない。あなたが思ってるよりも実家は太くないんだから」
「だけど、ご両親の勤めてる企業は、◯証プライムの――」
「しょしょ食器片付けましょうよ!? 侑っ」
「はいはいはい」
さてさて。
片付けたあとは……スキンシップしてあげる『ターン』かしら。