愛とアツマさんのマンションに招かれた。
玄関で出迎えてくれる愛。
なんだか違和感がある。
いつもの愛とは少し違う愛だ。
たとえば、
「エプロンがずれてるじゃないの」
「えっ!? ホント!?」
ホントよ。
「気付かなかったの?」
「……気付かなかった」
違和感が強まる。
大丈夫かしら、この子。
――違和感の例として、もう1つ。
「寝グセが、ピーンと伸びてる」
愛の前に接近して、指摘する。
「うそっ……。ピーンと伸びてるのは、どこ??」
「ここよ」
ピーンと伸びている髪の毛に触れてみる。
数歩後ずさりする愛。
そして、クルリとダイニング・キッチンのほうを向き、
「わ、わたし、お昼ごはん、早く作らなきゃ。正午はとっくに過ぎてるんだし」
と言い、トタトタとキッチンへ歩いていく。
その足取りを追いかける。
キッチンの上にはハンバーグのタネ。
ただ、完全な形にはなっていなかった。
「ま、待ってて、侑(ゆう)。すぐにハンバーグ、焼くから……」
「愛」
「な……なーに」
「ストップ」
「すす、ストップ!?」
「わたし分かっちゃった」
「な……なにを分かっちゃったのかな」
思わず苦笑いしてしまう。
まったく。
愛ってば。
「強がりね……あなたも」
「……侑!?」
「ハッキリ言うわ。調子が下向きなんでしょう、あなた」
「どうしてわかるの……」
「女同士の直感。それと、身だしなみの崩れぶりを見て」
「……」
視線を床に落として沈黙。
悔しさもあるんだろうけど、恥ずかしさのほうが大きそう。
「愛、あなた――去年調子を大きく崩したから、ときどき『ぶり返す』ことがあるんでしょう。くたびれちゃってるのね、今?」
うつむきを持続させて、
「侑の言う通り……。たまに、くたびれちゃう。侑が来てくれるから、張り切ろうと思ってたのに、よりによって、病み上がりの不安定さが……出てきちゃった」
「ハンバーグの続き、わたしがやってあげるわ」
「で、でもっ!」
「反発しないの。きっと今のあなた、ハンバーグを焼いても、焦がしちゃう」
うつむいたまま、口を閉じ、右手を握りしめる。
「エプロン、ちょうだいよ」
逸れる眼。
強がりの中の強がりね……。
× × ×
恥ずかしそうにエプロンを脱いで、手渡ししてくれた。
「任せて。ハンバーグ焼くぐらい、なんてことないんだから」
そう言いつつ、素早くタネの残りをこねる。
フライパンを見やりつつ、
「休んでなさいよ」
と言ってあげる。
棒立ちの愛は、
「わたし……侑がハンバーグ焼くとこ……見てる」
「なにバカなこと言ってんの」
「ゆ、侑っ!!」
「どうして、頼ったり助けを求めたりが、こんなに下手なのかな」
「侑っ……」
「落差があるわよね」
「落差……?」
「普段は、あんなになんにもできるのに、イザとなったら、なんにもできなくなっちゃう」
困惑の表情。
「どう考えても他人に寄りかからなきゃいけない状況なのに、自分ひとりで冷静に対処できるって勘違いしちゃってる」
さらに困惑。
「図星なのね」
プイ、と眼を背ける。
液晶テレビの向かいのソファへと歩いていく。
ソファのそばで足を止める。
ヘナヘナと腰を落とす。
カーペットに両膝(ひざ)を引っ付けて、うなだれる。
よしよし。
『大丈夫だから。わたしが、いろいろしてあげるんだから』
そう内心で呟き、コンロの火をつけて、フライパンを温める。