【愛の◯◯】弟子になれたら

 

両腕のダンベルを上下に動かしていたら、寝室のドアが開く音がした。

愛のサークル友だちの大井町侑(おおいまち ゆう)ちゃんが起きてきたのだ。

「おー。早いね、侑ちゃん」

「早起きには自信があって」

「そーなんかあ。いつもこのぐらいに?」

時刻は6時前。

「はい、だいたいこんな時間帯に」

「偉いね」

「え、えっ、それほどでもっ」

いきなり「偉いね」って言ったのが失敗だったかー。

まぁいいや。

「愛のヤツはスヤスヤおやすみになられてるだろ」

「はい……。スヤスヤと」

「7時前には起きてくる」

「そうですか」

「朝食当番のときはもっと早いな。6時過ぎには起きてくる」

「今日の朝食当番はアツマさんなんですね」

「あいつが朝食当番の日のほうが多いんだけど、昨日夕食当番を頑張ってくれたから」

「優しい」

「へへ」

「優しいと思います、ホントに」

「そっかあ??」

「愛が惚れちゃう理由が分かっちゃう」

「マジ」

「はい」

 

ダンベルを置き、日課の早朝筋トレが全て終わる。

ソファの下側を背もたれ代わりにして、ちょこん、と腰を下ろしている侑ちゃん。

彼女に、

「コーヒー飲む? 良い豆が入ってるんだ。せっかくだから――」

と言いかけるのだが、

「今はいいです。朝ごはんのときに飲みます」

と言われてしまう。

あれ。

「すみません」

謝る彼女。

謝られてしまうおれ。

彼女は、

「コーヒーが嫌いってわけでは全然ないんです。だけど、コーヒーをいただく前に、わたし……お願いしたいことがあって」

 

お願いしたいこと??

 

背中をソファの下側から離し、素早く正座になる侑ちゃん。

ど、どうした。

「アツマさん。

 アツマさんに、強くたくましくあり続ける秘訣を、教えてほしいんです」

 

ええええ。

いきなり……なんぞ?!

 

「迷惑でなければで……良いんですけど」

おれは慌て気味にカーペットに腰を下ろし、侑ちゃんと向かい合いになり、

「……なんか言われたか?! 愛に」

「――話してくれたんです、アツマさんのこと」

彼女はおれから視線を外さず、

「強くたくましくなったキッカケを、愛が教えてくれて。アツマさんが中学生のとき、結構ヒドいイジメに遭(あ)って、身を守りたい気持ちと見返したい気持ちで、ボクシングジムにまで通って死ぬ気でトレーニングしたこと――だとか」

 

知ったのか……侑ちゃん。

 

「それで、見事に見返すことができて、イジメも無くなったんですよね」

「……。

 なあ、侑ちゃん。

 おれの昔のこと、聴いてて辛くなかったか?? 結構な壮絶さがあったと思うが」

「たしかに壮絶でしたけど、納得できましたから、わたし」

「納得って」

「現在(いま)のアツマさんが、現在(いま)のアツマさんであることに」

やべえ。

イマイチ呑み込めん。

しかし……確かなことがある。

リスペクトに満ちた眼で、侑ちゃんがおれを見ているということだ。

凛とした笑顔。

凛とした笑顔の彼女が、こう言ってくる。

「できれば。

 できれば、アツマさんの弟子になりたいです、わたし」