夏休みが間近に迫っている。
大学受験に本腰を入れなきゃならなくなる時期だ。
――そうなんだけども。
「ねえ」
スポーツ新聞部活動教室。
ノートパソコンからいったん顔を上げ、同じく3年のソラちゃんと会津くんにあたしは呼びかける。
あたしを見てくるふたりに、
「あすか先輩って、こういう時期でもバリバリ部長だったよね??」
と言ってみる。
「『バリバリ部長だった』とはなんだ日高。コトバの乱れか」
ウザい会津くんが顔をしかめて言ってくる。
「会津くん憶えてるでしょ!? 3年の夏だったにもかかわらず、あすか先輩は新聞を作る手を止めなかったじゃん」とあたし。
「ああ……。受験期お構いなしだったな、彼女は。言われてみれば」と会津くん。
「しかも一般入試組じゃなかった。推薦入試を間近に控えてるのも関係なかった」とあたし。
「戸部先輩は、加賀先輩にいつ部長職を譲ったんだっけ?」と会津くん。
「ゲッ。会津くん憶えてないのっ。卒業式のときだよ。あすか先輩、自分の卒業のときまで引っ張ったんだよっ」
あたしがそう言うと、会津くんは不可解にも自分のメガネを外し、メガネ拭きで丁寧に拭き始める。
なにやってんの。
再びメガネをかけた彼は、
「つまり、辞書に『引退』の二文字が無かったというわけだな、戸部先輩は」
上手いこと言ってるつもり!?
「それで上手いこと言ってるつもりなの会津くん!?」
「大声で罵倒してもらっても困るんだがなー、日高さんよ」
一切あたしと会津くんのあいだに割って入らなかったソラちゃんが、いきなり椅子を引いた。
「な……なに、ソラちゃん」とあたし。
「な……なんだ、水谷」と会津くん。
ソラちゃんは、
「ヒナちゃん、会津くん。ちょっと……外の空気でも吸おうか」
× × ×
どんどん先へ先へと歩き進んでいくソラちゃんを、あたしと会津くんが追うような形になった。
ついに倉庫の裏にまで入り込む。
いかにもヤバいシチュエーション。
ソラちゃん……どうしたの?
屋根の陰にソラちゃんは佇んでいる。
横並びのあたし・会津くんとは、少し距離がある。
「さっき会津くんが言ったよね」
彼女は口を開き始めた。
「会津くん言った。あすか先輩の辞書には『引退』の二文字が無かった……って。わたしも、同じこと思ってた」
なぜだか、胃がキリキリしてくる。
体感温度も秋の終わりぐらいまで下がってきたような気がする。夏真っ盛りなのに……。
「――ヒナちゃんは、どう考えてる?」
「えっ?? そ、ソラちゃん、『どう考えてる』、って」
「ヒナちゃん部長でしょ」
ぞわり、とした感触。
「引退時期、どうするの」
直接的に訊いてくるソラちゃん。
あたしは20秒間ぐらいなにも答えられなかった。
錯覚だろうか……ソラちゃんの瞳が哀しげに見える。
微妙な沈黙を生んでしまったあたしだけど、引退時期については考えてもいたから、
「夏は……続けるよ」
と言う。
「夏は、って、夏休みってことだよね」とソラちゃん。
「うん。それで、夏休み終わって、2学期になっても、当分は――」
「当分?」
訊き返すソラちゃんの声に、冷たさがあった。
「2学期のどこまでとか、具体的な『区切り』は考えてなかったってわけだね」
ソラちゃんの声の、冷たく鋭い、切っ先。
「お、おい。水谷よ、なぜそんなに……日高に攻撃的になる」
会津くんの指摘に一切構うことなく、会津くんからも、あたしからも、ソッポを向きながら、
「わたしはね。
わたしは、わたしの引退時期、ずーっと悩んでた。
授業時間も、部活をしてるときも、家に帰ったあとも。
導き出された結論、あって。
……。
わたくし水谷ソラの、引退時期は……」