午前10時。ダイニングテーブル。
「まだ眠そうね、むつみちゃん」
キョウくんのお母さんの鈴子(すずこ)さんに言われた。
「ごめんなさい。朝が弱いんです、わたし」
朝ごはんを食べてから、お泊まりしている部屋のベッドで二度寝しかかっていたのである。
「無理やり起こしちゃったかしら。二度寝だってあなたの自由だし、お昼まで寝るのだってあなたの自由なのに」
わたしは焦って、
「いえいえ。鈴子さんが起こしてくれて大正解だったので」
「あら、そうかしら?」
ニッコリと微笑み、
「むつみちゃーん」
と言い、右腕で頬杖をつき、
「眠気が吹っ飛ぶオマジナイしてあげよーか」
と言ってくる鈴子さん……!
焦りと戸惑いがまぜこぜになって、
「オマジナイ!?」
と裏返る声を発してしまう。
「オマジナイっていうのはね」
「は……はいっ」
「お代わりの紅茶、淹れてあげるってこと☆」
「……」
× × ×
わたしはキョウくんをよく翻弄する。でもわたし、キョウくんのお母さんの鈴子さんにはよく翻弄されてしまう。
「――情けないけど、仕方がないのかな」
「エッ、なんのこと」
「ごめんキョウくん。97%、ヒトリゴト」
「97%?? 残りの3%はどこに行ったのさ」
「秘密。ひみつのむつみちゃんよ」
「……。面白いね、きみって」
海の日なのである。
とある高台から、海水浴の風景を幼なじみ同士で眺めているのである。
ときおり波音が耳に届く場所。
鳥の鳴き声も、彩りを加える。
「なんの鳥が鳴いてるのかしらね」
「残念ながら、おれにも分かんない」
「飛ぶ鳥も歌いたいのかしら」
「鳥が歌う??」
「鳥だって『歌のこころ』を持ってるのかもしれない」
「難しいこと言うね」
「ごめんね、難解で」
「や、いいんだよ」
「音楽の歌(うた)もそうだけど、文学の詩(うた)にしても――」
「?」
「たとえば詩人のヴェルレーヌが、海鳥(うみどり)に転生して、この空を飛んでいるとしたら、ステキだと思うの。ランボーだっていいわ。マラルメだっていい」
「――ヴェルレーヌも、ランボーも、マラルメも、フランスの詩人だったよね?」
「わたしがしょっちゅう名前を出してたから、とうとう覚えてくれたのね」
さりげなくわたしはキョウくんの白シャツの裾を掴んだ。
× × ×
「麦わら帽子でも持参して来れば、海を眺めるアクセントになったのにね。もったいないことしちゃった」
「……」
「あれっ、わたしが麦わら被ってるとこ見たかったがゆえの、沈黙??」
「……いや。それも、ある。あるよ。けど、『おれの今後について、むつみちゃんにちゃんと言っておかなくちゃなぁ……』みたいなことも、頭にあって」
密着するがごとく右横のキョウくんと距離を詰め、
「進路なら、大学院進学なんでしょう?」
「そうだよ」
「それぐらい把握してる。極端な話、あなたから伝えられなくても把握できるから」
「そりゃ、スゴい」
「鈍感なんだから、もうっ」
「!?」
「修士までは行く。――そういうことなのよね」
「なんで、そんなとこまで、お見通し……」
「お見通すに決まってるわよっ!!」
「マジ」
「マジじゃない余地なんてありませんから」
「……」
「あー、でも、首都圏以外の院に進学するのはイヤよ。キョウくんに会えなくなるから」
「それは無いよ。同じ大学の院だよ」
「それが一番よ。戸山公園でふたりでお弁当食べられるし」
「あはは……」
わたしも笑ってあげる。
ひとしきり笑い合う。
そのあとでわたしは、幾分マジメな眼差しを海辺の風景に注ぎ入れつつ、
「あのね、キョウくん」
「なんだい」
「わたし……大学受験、興味あるかも」
「ふぇっ!?」