【愛の◯◯】幼なじみと幼なじみの、駆け引き?

 

アナトール・フランスの著作を読んでいたら、電車が湘南地方の某駅に到着した。

幼なじみのキョウくんの家に泊まりに行く。

明日は海の日だ。

 

× × ×

 

「父さんと母さん、今日はずっと出てるんだ」

「えっ、そうなの!?」

キョウくんのご両親が終日外出。

ということは……。

キョウくんは笑顔。

わたしの脳内を察知しているかのような笑顔……と思っていたら、

「むつみちゃん。ふたりきりだね」

と言われた。

「よろしくね」

とも言われた。

 

× × ×

 

で、キョウくんのお部屋。

 

彼、今年も日焼けしてる。

ずいぶんコンガリと焼けたものね。

でもそれでこそ彼なんだわ。

彼が日焼けしない夏なんて、味気無さすぎるし。

 

「むつみちゃん、おれがずいぶん日焼けしたって思ってるでしょ」

眼の前の彼に笑顔で言われちゃった……!

マズい。

取り繕って、

「そ、そうよ……思ったわよ。図星だった。図星だったから……そうね、『図星記念』に、本棚の『鉄道ファン』を読ませてもらおうかな」

と、慌てつつ本棚に眼を寄せていく。

「慌てなくたって」

と彼。

ギクッ。

 

図星記念だか図星ステークスだか図星大賞典だか知らないけど、本棚から『鉄道ファン』を抜き出して、彼のベッドに座り、読み始める。

巻頭特集から読み始める。小さい文字で横書き2列、車両に関する情報がビッシリと書かれているが、だいぶわたしも書かれていることの意味が取れるようになってきた。健全なる鉄道好きの彼から健全なる影響を受けた……というわけ。

いったんページから眼を離して、「キョウくん。」と、例によって床に胡座(あぐら)の彼に呼び掛け、

「わたしも、鉄道車両の写真、カッコいいって感じることができるようになったわ」

と言ってみる。

「そりゃハッピーだ」と彼。

 

× × ×

 

「ハッピーだ」って言ってくれたけど、もっとハッピーにしてあげたかった。

だから、時計が12時を示すと同時に、

ゴハン、作ってあげる」

と告げる。

キョウくんは、

「材料、買ってこようか?」

「いいわよ、わざわざ買い物に行かなくたって。冷蔵庫にあるもので作るわ」

「え、行ってあげるよ、おれ? スーパーはそんなに遠くないんだし」

「キョウくーん」

「な……なに、その表情は」

「ここが、本日のわたしの『腕の見せどころ』なの」

「??」

「むつみちゃんマジックよ」

「!?」

「冷蔵庫にあるものだけで、とびっきり美味しい料理を作ってあげる。そんな魔法よ」

勢いをつけてベッドから立ち上がる。

それから、

「わたしこの家にエプロン預けたのよ。あなたには言ってなかったかもしれないけど」

「……なぜ」

「いつでもあなたのためにお料理が作れるように」

眼を見張る愛しき幼なじみの彼。

それから愛しき幼なじみの彼は自分の後頭部をぽりぽりと掻き、

「なんだか悪いな」

と言うが、わたしはドアに近づきつつ、

「悪くないっ。朝昼晩の3食だって作ってあげたいぐらいなんだからっ!」

と、笑顔で突っぱねてあげるのであった。

 

× × ×

 

午後2時を過ぎた。競馬中継はまだ始まらないがそれはそうと、

「ねえねえ。わたしのエプロン、可愛かった?」

とキョウくんに訊いてみる。

再び彼の部屋。わたしは再び彼のベッドに腰掛け。彼も再び床に胡座(あぐら)かき。

やや照れくさそうに、

「――うん。可愛かった」

と彼はお返事。

「可愛かったのは、エプロンだけ?」

イジワルに言ってみる。

「……」と惑う彼の顔。

わたしがこういうこと言っちゃったら、こういう顔になっちゃうのよね。小学生時代からそうだったもの。

「エプロンだけが可愛かったわけじゃないんでしょ☆」

わたしの揺さぶり。

イヤなオンナだこと、わたしも。

……てっきり、曖昧なお返事が返ってくるに違いないものだと思っていた。

ところが。

「むつみちゃん。

 おれ、きみの隣に座りたいんだけど

 

……え!?

曖昧なお返事は、どこに行っちゃったの!?!?