ロブ=グリエの小説を読んでいたら、湘南地方の某駅に電車が到着した。
キョウくんの実家の最寄り駅。
× × ×
「はい、メロンソーダ」
キョウくんのお母さんの鈴子(すずこ)さんが、メロンソーダの入ったグラスを置いてくれる。
「とりあえず1杯、ということで」
「ありがとうございます鈴子さん。いただきます」
メロンソーダを味わうわたしを、鈴子さんが優しく見守ってくれる。
わたしの誕生日。
鈴子さんからのお祝いのコトバはもう言われた。
「――わたし、これ飲んだら、キョウくんのお部屋に」
「わかってるわよ~。いってらっしゃい♫」
「……いってきます」
飲み終えて、ゆるりと席を立つわたしに、
「むつみちゃんむつみちゃん、あとで教えてほしいことがあるんだけど」
と鈴子さんが。
「え? なにを…でしょうか」
「麻雀を」
「ええっ!?」
「というのはねー、わたし最近、麻雀のスマホアプリやり始めたのよ」
「ど、どうして…。」
「むつみちゃんに触発されたのが7割」
しょ、触発って。
わたし、鈴子さんの前で麻雀のことなんて、そんなに話してたかしら…!?
「わ…わたしの趣味、よくご存知ですね」
「当たり前じゃないの」
アワアワしているわたしに、
「ねっ? 上級者でしょう、むつみちゃんは?」
「そ…そこまで、強くは」
「だめよー、もっと自分の趣味に誇りを持たないと」
鈴子さん……!
× × ×
「なーんか、母さんに変なこと言われた、って顔だねえ」
……どうしてわかるのキョウくん。
「あ、あなたのお母さんは、素敵よね??」
慌てて言うわたしに対し、苦笑いで、
「どうかな」
とキョウくんは。
「す、素敵だと思うわ。
素敵だし……」
彼の本棚を凝視しつつ、
「キョウくんだって素敵。キョウくんの趣味だって素敵」
引き続き苦笑いの彼は、
「おれはただの鉄道オタクだよ」
と言うけれど、
「オタクなんて言わないで。あなたは鉄道オタクよりも格上の存在なんだから」
と…いささか早口になって言っちゃう、わたし。
明確にテンパってる状態のわたしに対して、
「格上も格下もないよ」
と彼は言うのだが、
「だって、あなたは……鉄道車両が好きなだけじゃなくって、造(つく)る側になろうとしてるじゃない」
と、本棚の鉄道雑誌の背表紙を眼で追いつつ、言う。
少し呼吸を整えてから、
「キョウくん。言うまでもないことだけど、夢があるって素晴らしいことよ。あなたは夢を追い続けて」
と言い、彼の至近距離まで移動する。
座っていたベッドからキョウくんが降りて、床にあぐらをかき、わたしと向かい合う。
眼をうまく合わせられないわたしに向かって、
「――むつみちゃんの夢は?」
と訊く。
…眼もうまく合わせられないし、コトバもうまく出てこない。
「――マズかったかな、こういう質問は」
やや恐縮気味の彼に対し、
「暫定的な、わたしの夢は……キョウくん」
と、声と勇気を振り絞って、言うことができた。
「おれが、きみの、夢??」
「――わたしの夢になってよ」
収拾がつかない予感がする。
予感がするから――とりあえず、彼の左肩に右手を乗せる。
そして、もう一方も。
静かに、徐々に、キョウくんを、わたしのもとに引き寄せる――。
× × ×
キョウくんの体温で、ぽっかぽかになっちゃった。
クールダウンがしたい。
「ね、ねえ、キョウくん。バースデーケーキが送られてくるまで、まだ時間あるわよね」
「あるよ。あるけど?」
「ワガママなこと…言っていい?」
「いいよいいよ。なんたってきみのお誕生日なんだし」
「ありがとう。
じゃあ……、
ピアノのお部屋、行かない?
わたしの演奏……聴いてほしいの」
「きみのピアノが聴けるのは嬉しいけど、なんでまた」
と言う彼だけれど、
「バースデーケーキに向けての…精神統一」
と、まったくデタラメな回答をしてしまう。
なに言ってんのわたし。
「きょうのきみ、面白いね」
…ありがとう。
「きみは毎回、面白いけどさ」
…そんな認識があったの。
× × ×
そしてピアノのお部屋へと移動。
「弾き語りは、しないの?」
とキョウくん。
「…してほしいの?」
とわたし。
「むつみちゃん、歌が上手いし」
「…上手いけど。」
自分で自分の歌唱力を評価してしまうわたし。
そんなどうしようもないわたしに、愛する幼なじみは、
「きみの歌声、ホントに素敵だよね!」
と。
クールダウンのはずなのに、また、熱くなってきちゃってる……。
「? どうしたの」
「……キョウくんがホメてくれたから、頭の中がこんがらかってるの」
「え」
「ホメられて、びっくりしちゃって、ピアノの弾きかたも歌の歌いかたも忘れそう」
「む、むつみちゃん!?」
「……ウソよ。ウソウソ」
約5分間かけて……落ち着きを取り戻そうとする。
――ようやく、鍵盤にまっすぐ向き合えるようになって。
きょうという日にピッタリな曲を――わたしは弾き始め、歌い始める。