『……むつみちゃん……むつみちゃん……』
まどろみのなかで、馴染みのある声が、耳に届いてくる。
この声は……、
キョウくん!?
『むつみちゃんってば』
右肩を、優しく叩かれる。
ぱちり、と目が覚める。
少し、身を起こすわたし。
キョウくんの顔が、視界に入ってきて、
心臓が――大ジャンプする。
なにも言えず、うろたえるわたしに、
「やっとだ、やっと起きてくれたね」
と告げ、
それからそれから、とってもうれしそうに笑って、
「――朝だよ。おはよう、むつみちゃん」
と言ってくる彼。
上体は起こせているが、
すごくすごく恥ずかしくって、彼の顔が少しもまともに見られず、
完全にうつむいて、掛け布団をギュッ、とする。
彼は至近距離から言う。
「なかなか起きてこないから、起こしに来たんだ」
わたしは伏し目がちのまま、
「お父さんか、お母さんに、頼まれたのね……」
と、弱々しく言う。
「両方だよ。両方から、頼まれたのさ」
……共犯!
お父さんとお母さん、ふたりそろって、わたしの部屋に、キョウくんを派遣して……。
寝起きで、もちろんパジャマ姿。
キョウくんは幼なじみだけど、恥ずかしいものは、恥ずかしくって。
「もう朝ごはん、できてるよ。みんなで食べようよ」
「……ちょっとまって。ちょっと、落ち着かせて」
「? どういうこと」
「あんがい……あなた、ドンカンなのね」
× × ×
やっとのことで、体温・心拍数・血圧が下がり、
掛け布団のなかから抜け出し、
フローリングの床に足をつけて、
対面(トイメン)のキョウくんと、向き合う。
「……もうちょっとだけ、ベッドに座らせてね」
「朝ごはん、冷めちゃうよ?」
「朝ごはんは、なんとかするから……」
「なんとかするったって」
キョウくんの胸のあたりまで視線が下がる。
下がってしまう。
「もしかして……調子でも、悪かったりとか」
ちがうの。
「平気よ……平気なの」
懸命に、取り繕う。
でも、取り繕うごとに、顔のあたりがまた、熱くなっていって……!
「心配だなぁ」
「……」
「飲み物でも、持ってきてあげようか」
「必要……ないから」
「ホントぉ?」
「へ、平気なんだもんっ!」
おかしな声が出てしまった……。
キョウくん、笑っちゃってる……。
「こ、こ、この場はっ、ひとりで――なんとかするから」
「言い回しが若干ヘンになってるよ、むつみちゃん」
「あっ、あんまり笑わないでっ、キョウくんっ」
「だって~」
――意を決し、彼と眼を合わせ、
「朝ごはんは、ちゃんと食べるわ」
「その気になってくれたか! じゃ、ダイニングに行こう」
「その前に……わたしは、」
「??」
「髪を、きちんと、整えたくって」
「あー、大事だね」
「あなたが思ってるより、わたしには100倍大事だわ」
「そっかー、そーなのか」
「……ブラッシングだけは、させて。お願いだから」
「わかった! ――じゃ、待ってるよ」
× × ×
ようやくキョウくんが部屋を出た。
わたしの目覚めから、どのくらい経っただろうか。
そうとう茶番を演じていた。
朝から……すごい展開。
俗に言う、超展開?
超展開で幕を開けた、金曜日……!
モヤモヤとベッドに座り込んでいたが、
約束通り、ブラッシングをするため、鏡に向かっていく。
× × ×
お泊まり2日目のキョウくんは、完全に葉山家の食卓に馴染んでいる。
空いている、キョウくんの右隣の席へ。
わたしの正面にはお母さん、キョウくんの正面にはお父さん。
パジャマは、どうしようもなかった。
着替えてる余裕なんかなく、寝起きのままの服装で――「いただきます」を言う羽目に。
わたし以外の3人が気にも留めてないのが――羞恥心を加速させる。
「――スクランブルエッグ。」
お皿を見て、思わずつぶやいてしまった。
「あ、むつみもしかして、オムレツ作ってほしかった?」とお母さんが。
うう。
「…ちょっぴし、作ってほしかった」
「言ってくれたらよかったのに」
「ゴメン。…寝坊したし、贅沢、言わないでおく」
「むつみはオムレツが大好物だもんなあ」
お父さんが楽しそうに言う。
「昔っから、オムレツ大好きだったもんね、むつみちゃん。おばさんがオムレツ作ってくれたら、眼をキラキラ輝かせてた」
キョウくん……。
そんなに、鮮明に、憶えてるの……。
「――でも、このスクランブルエッグも、もちろん美味しいですよ、おばさん!」
「…アフターケアもちゃっかりしてるんだから」
「え? なんか言った? むつみちゃん」
「…なんでもないわよっ」
「ゴキゲンななめだな」
「ゴキゲンななめねぇ」
「……しかたないでしょーがっ!!」
「おー、むつみが怒った」
「コワいわねぇ~、お父さん」