部活開始から1時間。
わたしとヒナちゃんは、一切コトバを交わしていなかった。
ガッ、と会津くんがいきなり椅子を引いた。
びっくりするじゃん。
「びっくりするじゃん。ほかの子のことも考えてよ」
わたしが叱った。
だが、彼は謝ってくれない。
それどころか、わたしの顔のあたりを眺めてくる。
「……」と沈黙して眺める彼。
うろたえるわたし。
やがて、
「水谷、白板(はくばん)を見ろ。バドミントン部の取材にまだ行っていない。君とボクの仕事だったろう」
× × ×
外に出て。
「あのな、水谷。バド部のところに行くまでに、言っておきたいことがある。……どうしてもな」
わたしの歩く脚がひとりでに止まった。
下を見てしまう。
自分のスニーカーを眺めながらでないと、会津くんの話を聴くことができない。
「言っておきたいことは、2つある」
「ふ、ふたつ?」
苦し紛れに苦笑しながら言ったら、変な声が出てしまった。
でも、わたしのおかしなリアクションなどに彼は構うことも無く、
「まず、1つ。
日高と早急に和解しろ」
「わ、和解って、なにかな」
「まあ言い換えるなら、『仲直り』だな」
「……」
「君の突然の『引退発表』から、すでに24時間が経過した」
「……」
「そして、君と日高がギクシャクし出してからも、24時間が経過」
「……」
「せめてコトバぐらい交わしてやれ。そうすれば、仲直りの糸口になる。確実に糸口になる」
「……。男子の会津くんに、女子同士のカンケイの、なにが分かるのっ」
「黙れ」
「あ……あいづくんっ」
日和ったわたしは、後ずさりしてしまう。
情けなくも。
「2つ目!」
厳しい視線と厳しい口調で会津くんが言う。
「考え直す気は無いのか? 夏休みが終わると同時に引退するという意向を」
直接的に言われた。
会津くんのその物言いに迷いは1ミリも無かった。1グラムも含まれていなかった。
「水谷。君が抜けることでスポーツ新聞部にとっての痛手となる以上に、ボクの納得が行かない。日高もおそらく納得行ってないだろう。本宮(もとみや)も、貝沢(かいざわ)も」
「……」
「残念過ぎるんだよ、君が居なくなるということが」
「……さみしいの? 会津くんは。わたしが……居なくなっちゃうと」
「ハッキリ言わせてもらえばな」
心拍数が上がるのを感じつつも、
「い、意外だなーっ。会津くんって、もっとドライだって思ってたーっ」
と、誤魔化す。
だけど、
「ドライもウェットもあるか……」
彼のシリアスな声が、耳に届いてきてしまった。
「とにかく、引退は考え直せ。これは理屈抜きだ。部の総意をまとめ上げて言っている、ボクが部を代表して言っている」
わたしは、
「ちょっと、オーバーじゃないかな……?? 会津くん」
と言った。
苦し紛れ。
苦し紛れのわたしの、バカ。
ずっと下向き目線のわたし。
その視界に会津くんの影が入り込んでくる。
彼が歩み寄って来ているのだ。
怖い……。
会津くんは、なんにもするつもりなんか無く、もっとわたしを説得したいだけ。
そんなこと分かりきってる。
分かりきってる、からこそ、おびえるぐらいに怖くなってしまう。
怖いから。
「ば、バドの取材は、わたしひとりでもできるからっ。夏が終わるまでは、ちゃんとするし。夏の終わりまでは、部員として、ちゃんと仕事はするし。だから……だから、ひとりで行かせて?? 会津くんの手を煩わせるわけにはいかないよ。うん……会津くん、活動教室に戻ったほうがいいと思う。ヒナちゃんや下級生をサポートしてあげるほうが良いよ……ぜったい。ぜったい、そうなんだから。そう、そうだよっ」
一気に喋って……走って、逃げ出した。