軽く深呼吸してから、通話ボタンを押す。
会津くんの声が聞こえてくる。
「――話したいことがあるんだよな、水谷? 文字でのやり取りではなく音声でのやり取りを望むということは、かなり真剣な話なんじゃないのか」
うん。
そうだよ。
コワいぐらい、カンがいいんだね。
「あのね会津くん」
「うむ」
「わたし、つい先日、あすか先輩と通話したんだけど……」
「なんだよ。君のことではなくて戸部先輩のことなのか、真剣な話の中身っていうのは」
……なに言うの。
「なに言うの会津くん。肩透かしだったとでも思ってるの」
「だっててっきり、君が抱えてる問題について話し合うんだろうと思ってたし」
「後回しでいいよ、わたしの問題なんか」
「水谷? こころなしか早口になってないか?」
……バカ。
「あすか先輩の様子が変だったの。変だったから、伝えたかったの」
「ボクに?」
「そうだよ」
「伝えたいのが、ボクだったのか?」
「……どういう意味」
「戸部先輩は女子なんだから、女子の異変は女子同士で共有するのが自然なんでは」
「……だからっ、どーゆー意味っ!」
「なぜ男子のボクを窓口にするのか、ということだ。例えば、女子の日高を窓口にするほうが、適切であり、自然で……」
「そーゆー問題じゃないからっ!!」
気付けば、喚いていた。
会津くんへの苛立ちが、火花を散らす。
「男子だとか女子だとかいう問題じゃないんだから!! とにかく、とにかく、あすか先輩、いつものあすか先輩とは、かけ離れてたんだから!! もしかすると、彼氏さんの宮島先輩と、ギクシャクしちゃってたり――」
「水谷」
「……」
「ボクとしては、落ち着いてほしいんだが」
「……」
「それと。交際相手の男子との不協和音的なことなのなら、なおさら女子同士で解決を目指すほうがベターであるということで……」
「うるさい。うるさいっっ」
また大声で喚いてしまった。
もはや、自分で自分をコントロールすることなんか……。
「――分かったよ」
「なあ、水谷よ」
問い返してくるつもりだ。
背筋が冷たくなり、胃が鈍く痛んでくる。
「どうせだから、ボクのほうから君に訊いてみたい」
……たぶん。
たぶん、
『本当に君は夏休み終了と同時に自分の部活動も終了させてしまうのか?』
的なことを、彼は言ってくる。
それ以外ありえない。
ありえるわけがない。
そう……。そんなふうに問いただされるのが……既定路線……。
「――君が先日執筆した、『かつて「西鉄ライオンズ」という球団があった』という記事のことだが」
はい!?!?
「あの記事だが、間違いが10個ぐらい見つかったぞ。特に、『黒い霧事件』についての記述。ボクも『黒い霧』については個人的に興味があったから、個人的にリサーチしてたんだが、君のあんな書きかたでは雑だろう。雑なのは、まだある。例えば、球団が身売りして、親会社を転々としていく過程の――」
なにが。
なにがしたいの、会津くん。
酷いよ。
わたしの内面なんか、これっぽっちも分かんないんだね。
ここまで無神経だとは思いもしなかった。
度を越してる。
非常識。
「……通話ボタン、押すんじゃなかった。」
「唐突になにを言い出す?? 怒ったような声で」
「怒った『ような』じゃない。怒ってる。怒り心頭なんだから」
「えっ」
「バカバカバカバカバカ!! 会津くん、わからずやより、わからずや!!!」
「お、おい、水谷……!?」
「カバにでもなっちゃえばいいんだ、会津くんなんか!!!」