月曜日の午前10時。
大きな大きな液晶テレビでスカパーのチャンネルをザッピングしている利比古。
そんな利比古に徐々に歩み寄って、
「利比古」
「ハイ、よく振り向いてくれました」
「……」
「――利比古くん。」
「ど、どうして『くん』付けするの。ヘンなモノでも食べたの、お姉ちゃん」
「食べてないわよ」
「……そう。」
「そのままこっちを向いててね。用件を言うから」
「?」
「あのね、お願いがあるの」
「お願い? なに??」
「……」
「ちょ、ちょっと、お姉ちゃんっ」
わざと間(ま)をあけて、それから、
「せっかくあんたも、大学合格後の自由登校期間で、悠々自適なわけなんだし――」
「え?」
「――わたしとデートしてちょうだい♫」
「!?」
× × ×
巨大液晶テレビを消した利比古が、ぐだぐだと、
「2日連続『デート』とか、お姉ちゃんって本当にしょーがないよね。
もしかして、昨日横浜に行く前の段階から、計画してたんじゃないの?
……にしても、いくら府中駅の近くに美味しいランチを出すカフェを発見できたからって。
10時半過ぎには、着いちゃうでしょ。
ランチには、少し早くない??
早く食べてみたくて仕方ないってわけ? そのカフェのランチを……」
わたしは、可愛い弟の可愛い左肩にぽふっ、と右手を置いて、
「ランチだけじゃないのよ。コーヒーも、よ」
「……『女子大学生コーヒーフリーク選手権』に出られそうだよね」
なにそれ。
「それはひょっとしてギャグで――」
「――ギャグというより、ジョークかな」
「あ~」
わたしの「あ~」に辟易(へきえき)したのか、既視感のある溜め息をついたあとで、
「ところで。
お姉ちゃん、そんなに出歩きまくって、消耗しないわけ」
と言う利比古。
「ぼくはお姉ちゃんの消耗度が心配なんだよ」
「消耗度って。電化製品じゃあるまいし」
「そういうことじゃなくってですね……」
左肩をポンポンと叩き、
「わたしが病み上がりなのを心配してくれてるってことでしょ?? ダイジョーブ、ダイジョーブ。2日連続で弟を振り回す程度で、くたびれなんかしないから」
やや苦い顔で、
「嘘を言っちゃダメだよ」
と利比古。
「嘘なんか無いわ。わたしを信じなさいよ」
そう言うと、
「……わかった。信じてあげるよ」
と、利比古が。
やったあ。
弟を、ねじ伏せられた~~。
× × ×
府中駅付近某所某カフェ。
コーヒーを飲みきったわたしは、
「偏差値のかなり高いコーヒーだったわね」
弟は、
「なんなの、偏差値って」
「偏差値は偏差値よ」
「コーヒーに頭の良い悪いなんてあるわけ」
「ある!」
砂糖・クリーム入りのコーヒーを口に運ぶ弟。
もちろんブラックで味わっていたわたしは、
「ま、偏差値高いって言っても。わたしの出身校の偏差値には、及ばないんだけどね」
「おかしな比較してない……?? お姉ちゃん」
構うこと無く、
「伝統と格式を誇る名門女子校の如き高偏差値なお味には、もう一歩」
「お姉ちゃんの言うこと店員さんが耳にしたら、怒っちゃうかもよ」
「利比古」
「……」
「そんな時はね」
「……そんな時は?」
「笑顔を、見せつけるの☆」
「え、えがお、って」
「わたしの愛情満点スマイルを店員さんに見せつければ、問題なんか発生しないわ☆」
……うろたえ気味になったかと思えば、下を向いてしまう弟。
そして弟は、本日2度目の溜め息。
どうしたってゆーのよ。
「はーーっ。
ほんとのほんとに、お姉ちゃんって、しょーがないよねえ。
まったく。
アツマさんの苦労が、ぼくの身にも、沁(し)みてきた」
「!? アツマくん!??! どうしてそんなに唐突にアツマくんの名前出すわけ!?!?」
「大声はNGだから、お姉ちゃん」
「し、しかたないでしょっ」
「あるよ」
「ないっ」
「ある。」
「……」