朝。
アツマくんがソファにもたれかかっているのを目撃した。
いくら研修がお休みの日だからって、だらしないわね。
……ま、いっか。
彼のだらしなさを叱るより、もっと大事なことがあるんだもんね。
わたしはソファに近づいた。
「おー、愛かあ」
アツマくんの気の抜けた声。
わたしは、近場の人気洋菓子店で仕入れた美味しいマフィンを、彼に差し出してみる。
「食べてよ」
「気が利くな、おまえも」
彼はマフィンをあっという間に食べてしまう。
――食べ終わったのを見計らって、
「ねえ。マフィンを食べさせてあげたんだから、わたしの言うこと聞いてくれるわよね」
「え、なに」
「秋葉原に行きましょう」
「ええ!? 秋葉原!? アキバ!?」
「どうしてそんなに驚くのよ」
「おまえ、どーかしちまったのか……アキバだぞ、アキバ」
「あなたはいったいなにを想像してるの。まさか、アキバのオタク的な側面を?」
「……」
「見当違いにも程があるわ」
「ぬ……」
「電化製品を買いたいのよ」
「電化製品?」
「家電よ、家電っ」
「なんで」
「寝ぼけてるんじゃないの、あなた」
「はあ?」
「急ピッチで、『ふたり暮らし』の準備を進めないといけないでしょーが」
× × ×
アツマくんは理解が遅くて困る。
来年度から『ふたり暮らし』の新生活。
マンションに置く電化製品も見ておかないといけないのだ。
たとえその場で買わないにしても、見ることだけはしておきたい。
だから――ヨドバシカメラマルチメディアAkibaに狙いをさだめて、アツマくんを連れて電車に乗り込んだというわけ。
× × ×
「なあ、新宿とかでも良かったんじゃないのか」
「あなたは今さらなにを言ってるの」
「秋葉原である必然性が」
「必然性?!」
ふざけたような顔でアツマくんは、
「――まあ、アレコレ買っちまったあとなんだから、言っても仕方がないんだが」
実は彼の言う通りなのだ。
カードを駆使して、いろいろと電化製品を購入してしまったのである。
ヨドバシのポイントがすっごく貯(た)まった。
なんだか生活と直接関係ないようなモノまで買ってしまったような気がする。
途中で彼が「ゲームソフト買いたい」とか言い始めたし。
「あなた社会人になるのが眼の前なのにゲームとかやる暇あるの」って言っても、聞く耳を持ってくれなかった。
……今は、ヨドバシを出て、某喫茶店で休憩している。
ゲームソフトのパッケージをしげしげと見るアツマくん。
「まさか、ゲーム機を持参してるんじゃ……」
思わず言うと、
「いんや」
と彼。
ヘンテコな相づちが、わたしの機嫌を損ねさせる。
「……喫茶店でゲームやり出すほど頭が悪くなかったのだけは、認めてあげる」
「ありがとう」
わたしが人差し指で小刻みにテーブルを連打していると、
「なあなあ。おれ、前から思ってたんだが――」
「いきなりなによ」
「――腕っぷし、強いよな」
「しゅ、主語を」
「主語を省いたって、だれのことだか一目瞭然だろ」
人差し指でテーブルを連打していた右手を、思わず握りしめてしまう。
「カフェインに対する強さとか、炭酸に対する弱さとかも、不思議だが。
おまえの腕っぷしの強さも、不思議だ。
だってな。
本来、おれとおまえで腕相撲やったら、100%おれが全勝するはずなんだよ。
けど、結構な確率で、おまえはおれを捻(ね)じ伏せるだろ?
10回やったら1回勝つぐらいは。
おまえが勝率10%って、これはとんでもないことだと思うぞ」
「……アツマくん」
「んー」
「話が長い」
「あー」
「そもそも、このタイミングで腕相撲のこととか話し出すのって、どう考えても不自然でしょ……」
不可解な微笑の彼は、
「この喫茶店に来る道中、おまえ、おれの手を握ってたけど。
あらためて、実感したんだよ。
そんな華奢(きゃしゃ)なカラダに似合わない、握力の強さを――」
……カーッとならざるを得ないわたし。
カーッとなってしまったから、
「握力がなによっ。あなたが所有してる携帯型ゲーム機を、全部握りつぶすわよ!?」
「や、よっぽど握力に自信がないと、握りつぶせなかろうに」
「……」
「おちつけ♫」