【愛の◯◯】触れられない、触れられない……!

 

中野駅の改札からアツマくんが出てきた。

 

「……久しぶりね」

わたしより15センチ以上背が高いアツマくんと目線を合わせて、言う。

「まあな……」とアツマくん。

「来てくれて、ありがとう」

笑顔で、アツマくんに感謝。

「ん……」

 

「ん……」じゃないでしょっ。

相変わらずね。

 

彼の左腕を右手で握る。

 

「つなごうよ、手」

「マジで」

「いいでしょ!?」

「……恥ずかったり。」

「そんなこと、言わない」

「……言うから」

 

彼の左腕が、わたしの手から離れていった。

どうして……?

 

「愛」

「…アツマくん?」

「早いこと、喫茶店行こうや」

 

スタスタと、彼が歩き始める。

 

どうしてよ。

 

 

× × ×

 

手をつなごうとするのを拒まれたから、わたしは少し不機嫌だ。

 

ハイピッチでブレンドコーヒーを飲み干す。

味わう余裕もなく、

「わたしコーヒーお代わりする」

と眼の前のアツマくんに告げる。

「出してくれない? お代わりコーヒーのお金」

…彼は苦い顔で、

「…全部払わせる気か」

あのねえ。

「そういうつもりなんて無いわよ。アツマくんが400円多く払ってくれればいいのよ」

「ワガママだな…相変わらず」

舌打ちしそうな顔。

イラつかせないでよ。

 

「――ハァ」

じぶんのコーヒーカップをコトン、と置き、

「愛よ。せっかくの機会だから……訊くが」

「…なにかしら?」

「困ってることとか――ないんか」

 

ビクリ、となるわたし。

「困ってること」ということばに、過剰反応してしまう。

 

――困ってることだらけだから。

 

でも……。

 

どこまで、アツマくんに話していいのか、わからない。

 

わたしの現状を伝えたら、きっと彼は不安になる。

 

就職活動継続中の彼を、むやみに不安にさせたくない。

 

「――なんで黙ってるんだよ」

 

彼の声がヒリつき始めている。

 

焦りながらも、わたしは、

 

「問題とか、そういうのは……ないよ」

 

と、ほんとうと正反対のことを……言う。

 

「あやしいぞ」

彼は追及を緩めてくれず、

「隠しごとしてんじゃねーのか!? おまえ」

 

……追い詰められてきちゃった。

 

窮地に陥ったから、とっさに、

 

「アツマくんのほうなんじゃないの……? 困ってるのは」

 

と、言ってしまう。

 

バカ。

わたしのアンポンタン。

どうして、そんなこと言っちゃうのよ。

 

「……」

うつむきがちに押し黙るアツマくん。

わたしのいきなりの言い返しに困惑しているのか。

わたしの言い返しが図星で、ほんとうに就職活動で困難を抱えているのか。

 

おそらく……わたしの推測は、両方当たっている。

いまのわたしへの困惑。

就活で背負い込む困難。

 

……気まずさを拭おうとして、

「ごめんなさい。突然に、ヘンなこと言っちゃったわね」

と謝って、

「コーヒーのお金……別々でいいから」

と伝える。

苦し紛れ。

 

 

× × ×

 

それから、本屋さんに行ったんだけれど。

 

「――なんで、なにも買わなかったんだ。おまえが本を1冊も買わずに書店を出るなんて」

…苦しくも、わたしは、

「いまはちょっと、読書って気分じゃ…なくて」

「おい。それって――」

「……なに?」

「おまえが調子の悪い――サインだろ」

「さ、サイン?? サインって??」

「ほら、そんなにキョドってる。…隠しきれてねえぞ」

「い、言ったでしょ!? 問題はないの。ノープロブレムなんだから」

「思ってるのと正反対のこと……言うなよ」

 

穴が開くぐらい……胃が痛くなってきて。

 

「……ソッポ向きやがって」

 

「だって……」

 

「煮え切らないにも程があるだろ、おまえ」

 

「だ、だって、だって、」

 

「もういいよ、テンパって言い訳しようとすんのは。

 あのな。

 おれ、愛に会うために、きょうの面接、蹴ってんだぞ?」

 

立ちすくむわたし。

 

3メートル前方のアツマくんも立ち止まって、

「おまえのためだったら……面接ブッチぐらい、なんてことないんだよ」

と言う。

 

「そ……それ、ますます泥沼ってパターンじゃないの」

 

わたしのために……じぶんの進路を狂わせるようなことまで……。

 

「……だけど、おれたち、結局ギクシャクしちまったな。

 もう、どうしようもねえや」

 

そ……そんなこと言わないでよっ!!

アツマくん!!

ねえ!!!

 

気づいたら、彼のすぐ後ろに駆け寄っていて。

 

彼のシャツを、握りたい。

握ったあとで、抱きつきたい。

 

触れたい。

触れたい、触れたい。

 

スキンシップしなきゃ。

そうしなきゃ、どうしようもないこの状況が、もっとどうしようもなくなる……。

 

 

でも。

 

 

見上げたら、

彼の横顔に、濃いあきらめの色。

 

その、あきらめ顔を見たとたんに、反射的に、わたしは後ずさり。

 

触れたいけど、触れられない。

触れられない、触れられない。

 

触れられたなら、たぶん、温かみを感じられる、彼の、からだ。

 

彼のからだへの、距離が……残酷なまでに……、

 

遠い。