遅起きだった。
遅起きが定着してしまったわたし。
遅起きに加え、イヤな夢を見てしまった。
極端な悪夢じゃないけど、イヤな夢だった。
一日が、低調にスタート……。
× × ×
「――いたんだ。アツマくん」
ダイニングテーブルをアツマくんが磨いている。
「――大学は?」
「4年だからな。あんまり行かなくっても良くなってるんだ」
「――そうなの。
あなたにしては、要領がいいのね」
「おいおいーっ」
「……なに? わたし、あなたをホメてるんだけど」
「『あなたにしては』が、余計だろ?」
む~っ。
「午前中から、むくれ顔ってか。良くないぞ」
「……」
「だが……そんな顔ができるようになったってことは、おまえが少しずつ回復してきてるっていう証拠なのかもしれないな」
えっ。
「――テーブル磨きが終わったら、コーヒーを淹れてやろう。飲みたいだろ? コーヒー」
「…うん」
「とびっきり熱いやつを淹れてやるよ」
「…うん。ありがと」
ダイニングルームに置かれたステレオコンポのほうを見やって、
「音楽でも流すか? それとも、ラジオ流すか」
と彼が訊いてくる。
「アツマくんが…決めて」
「よしわかった。じゃあ、ラジオで」
「……ちょっと待って。ラジオだったら、」
「だったら??」
「わたしが今から言う放送局の中から選んで。それ以外は選局しないで」
× × ×
時間は経過し、午後3時前。
いちばん気怠い時間帯。
気力が底をついてきちゃった……と嘆息していたら、ノックの音。
アツマくん以外のだれでもない。
× × ×
「愛」
「…なに?」
「おまえってさ」
「……」
「結構な、ワガママっ子だよな」
「な、なにそれ」
アツマくんは苦笑を絶やさず、
「ワガママっ子だし、このラジオ局は聴いちゃダメ~、とか、妙なこだわりも持ってる」
「だ、だからなんなのよ」
「お」
「アツマくん……?」
「反発心が、愛に戻ってきてるじゃねえか」
「……どういうことよ」
「おまえが、正常に近づいてるかもなー、って。そーゆーこと」
「……良くわからないわ」
「ハハハ……」
「笑ってごまかすの……あなたの、悪いクセ」
「すまんな」
床座りのアツマくんは、なぜか、姿勢を正して、
「…ツンツンできてるじゃねえか」
って言う。
ツンツンできてる……?
どういうことなの??
「やっぱり、ツンツンとんがってないと、おまえじゃないもんな」
「……アツマくん。あなたのいちばん言いたいことって、なんなの」
「まあちょっと待て。急かすなや」
「……」
「……そんな表情も、いいなぁ」
!?
「いきなり…なに言い出すのよ」
「……愛、おまえってさ。
ほんとうに、感情豊かで……。
美人だし、なんでもできるし、おまけに、人間味に溢れてて」
「……ベタ褒め?」
「ああ。ベタ褒めだ」
「どうして、唐突なベタ褒めを……」
「まーまー。話の続きを聴いてくれ」
「続き……って」
「おれは、な。
感情豊かで、
美人で、
なんでもできて、
そのうえ、人間味に溢れてる、
そんなおまえが……好きなんだよ」
「好きなんだよ」。
ハッキリ、言われた。
こころの準備、できてなくて。
こんなタイミングで……彼に、「好きなんだよ」って言われるなんて。
テンパって、胸がドキドキしてくるのは、必然。
「愛――おれは、おまえのことが、ほんとに大好きなんだ」
胸の音が際限なく高まる。
「――川又さんが、きのう、来たろ?
お説教、されちゃってさ。
まー、『もっとちゃんとしてください』って言われただけなんだが。
――おれ、考えたんだ。
ちゃんとするには、どうしたらいいのか? って。
方法を。
そんで……。『好き』っていう想いを、おまえにちゃんと伝えるべきなんじゃないかって、思って」
ドキドキドキドキ……と鼓動が跳ね上がりながらも。
わたしは。
気づいたら、ベッドから、腰を浮かせていて。
「…どーした。なぜに立ち上がるか」
「…あなたも、立って」
「なんで」
「なんでもっ!」
「わーったよ…」とつぶやきながら、彼は立ち上がり、わたしと向かい合い状態に。
10秒ぐらい……向かい合ってから。
ふぎゅーーっ、と、彼の胸に、わたしは、抱きつく。
離したくないから、強く、抱きしめる。
――アツマくんの、胸の中で。
「ありがとう。好きだって、言ってくれて。好きな気持ち、伝えてくれて。
わたしもアツマくんが好き。大好き。
大好きじゃ足りないぐらい、大好き。
ほんとのほんとに、大好き。
いつだって、あなたといっしょにいたい。
ずっとずっと……抱きしめていたい。
もう一度言うわ。
大好きよ。アツマくん。
何度でも何度でも、大好きって言う。
何度でも何度でも……抱きしめてあげる。」