【愛の◯◯】姉弟水入らずの合格記念横浜デート

 

清々(すがすが)しい日曜日の朝。

「じゃあ行きましょっか、利比古」

玄関ドアの前でわたしはそう告げる。

「準備オッケー?」

訊くと、利比古は、

「オッケー」

と即答。

さすが。

「さすが。わたしの弟だけはある」

苦笑いで、

「……なにそれ」

と弟。

あんまり苦笑いするものでもないわよ。

これから――わたしたち姉弟は、デートするんだから。

 

× × ×

 

行きの車内で、

「昨日はよく眠れた?」

と利比古に訊く。

「どうしてそんなこと訊くの」

「興奮で眠れなかったんじゃないかと思って」

「あーっ」

弟は、

「合格の、興奮か」

そうよ。

「そうよ、そう。第一志望合格の喜びが、真夜中まで続いてたんじゃないの?」

ほんの少しだけ呆れ加減に、

「ちゃんと眠れたから」

と弟。

「――ずいぶんアッサリしてるわね。あんた」

「そうかな」

「せっかく意中(いちゅう)の大学に受かったのに」

「嬉しいのはもちろんさ。だけど、入ってからが本番だからね、大学は」

「ま、マジメね」

お姉ちゃんよりは

思わず……右横に座る弟を凝視。

可愛い弟のはずなのに。

そう、可愛い弟の……はずなのに。

 

× × ×

 

気を取り直して改札を出る。

 

そこは、横浜。

山下公園だ。

 

「長時間電車に乗ってくたびれてない? 大丈夫かな」

「わたし、そんなに柔(ヤワ)じゃないし」

「要らない心配だったか」

「とーぜん」

マリンタワーが見える。

山下公園も、久々ね。

感慨深い。

マリンタワーを見上げ、眼に焼きつける。

「ねえお姉ちゃん、神奈川近代文学館に行くんじゃなかったの」

背後から利比古が言ってくるが、

「まだいいでしょ」

と言い、マリンタワーを見上げ続けながら、

「風を感じるのよ……。利比古」

「え!?」

おそらく面食らったご様子になっていることであろう弟は、

「いったいなにを言い出すの。風を感じる、とか……」

「そよ風が吹いてるでしょ? この心地よい空気を、存分に味わうの」

そう言ってから、振り向いて、

「急がなくても、神奈川近代文学館は待ってくれるんだから」

と、ニッコリ笑って、弟に。

「……もっと、不測の事態に備えるべきだったか」

「えーっ、なによー、それ」

「お姉ちゃんと2人での横浜行きが、スケジュール通りになるわけも無かった」

ちょっと。

ブツブツ言ってないで、風を感じなさいよ、風を。

弟は、溜め息。

せっかく超二枚目なんだから、そんな溜め息は似合わないと思うんですけど……。

もったいないったらありゃしないわよ……と思っていたら、わたしの左横に弟が立ってきた。

マリンタワーか」

見上げつつ、呟く。

それから弟は、

マリンタワーは、元々は――」

と、横浜のシンボル的建造物に関する情報を、語っていく。

 

× × ×

 

ひとしきり語り終わった利比古に、

「そんな知識をよくインプットしてたわね」

と言ってあげる。

でも、

「情報源がいかにもウィキペディア……って感じだったけど」

「バレちゃったか」

「バレないと思うほうが大間違い」

「あはは♫」

「あのね利比古。せっかくの姉弟水入らずの合格記念横浜デートなんだし、お説教とかあんまりしたくないんだけど、」

「――『ウィキペディアとかグーグルばっかり頼ってても、大学の勉強をこなすことはできない』。お姉ちゃん、こう言いたいんだよね」

 

「……どうしてわかったの、あんた……」

 

「わからないと思うほうが大間違いだから」

笑顔で言われた。

卑怯なまでのイケてる表情を目の当たりにして、そこはかとなく……むず痒(がゆ)くなる。

「そ、そ、そ……そうよ。ウィキペディアやグーグルに頼っちゃダメ。それじゃあレポートとか書けないでしょ」

たまらずに、弟の右手を握りつつ、

「『大学に入ってからが本番だ』って、あんた、電車の中で言ってたわよね?? 入ってからが本番っていうのは、つまり、そういうことであって――」

と言うのだが、

「ぼくをどこに引っ張っていくつもりなの、お姉ちゃん」

と言われてしまい……ピンチになって、弟の右腕を引っ張っていきながら、考えに考えた挙げ句、

「……マリンタワーに入るわよ」

「いや、近代文学館はどーしたのさ?」

近代文学館よりも、マリンタワーが切実なのよ!!

「もうちょっとだけ落ち着いても」