踊りながら歌う女の子たちが、液晶テレビの大画面に映っている。
利比古が、自分が主催したイベントの映像を観ているのだ。
「『KHK紅白歌合戦』、観てるのね」
わたしは利比古の背後から言う。
「観てるよ。お姉ちゃん」
「あと、どのくらいあるの?」
「残り時間? まだ半分も行ってないよ」
「大規模なイベントじゃないの」
今度は、『白組』。
いかにもラッパーらしいファッションの男子グループが出てくる。
やっぱりヒップホップだった。
「なかなかのリリックねえ」
「え?! ヒップホップも守備範囲なの、お姉ちゃん」
「日本語のヒップホップは、あんまり分かんないけど――この子たちにテクニックがあるのは、感じ取れるわ」
「ふぅん…」
「なんとなく、だけどね」
× × ×
しばらく映像を観ていた。
なるほどなるほどねえ。
ティーンズカルチャーというか、なんというか……。
いまの高校生には、こういう音楽がウケるのね。
「高校生の流行りが分かって、楽しいわ」
「…お姉ちゃんだって、少し前まで高校生だったでしょ」
「あまり意味のないツッコミ、言うものでもないわよ?」
「え……」
「それに、ほら、わたし元々、新曲をあまり聴かないし」
「あぁ……。お姉ちゃんがピアノで弾くのって、ぼくらが物心つく前の楽曲や、産まれる前の楽曲が多いもんね」
ここで、利比古の横顔に眼差しを向けて、
「わたしのピアノ――聴きたかったりする?」
と言ってみる。
「エッ、いまからピアノ弾くの、お姉ちゃん」
「弾いてあげてもいいわよ。日曜でヒマだし」
「まだ映像の残りがあるんだけど……」
「分かってるわよ。観終わってから」
× × ×
弾き終わってから、さっきと同じスペースに戻る。
大画面液晶テレビの電源は入っていない。
ソファに座る利比古の左隣に座る。
「――感想は?」
訊くわたし。
「迷いがあまり感じられない演奏だった」
答える利比古。
「もう少し、詳しく」
「んーっ、なーんというか……半年前ぐらいと比べて、とってもコンディションが良くなってるというか……」
コンディション。
「メンタル的な意味でも、フィジカル的な意味でも、どんどん立ち直っていってるよね、お姉ちゃん」
笑って、
「それが、実感できて、良かったよ」
と利比古。
ハンサムな笑い顔の威力が大きく、眼をまっすぐ合わせられなくなる。
「照れちゃったか。」
「……照れちゃった。」
でも、
「でも……ありがとね、利比古」
「どういたしまして」
× × ×
「――わたし、今年は、去年の5倍がんばるから」
「令和5年だから?」
「まあ、そんなところ」
さりげなく距離を詰め、
「あんたもがんばるのよ。イベントで出し切ったんだから、次は受験で出し切りなさい」
「そうだね……ちゃんと勉強しないと」
「明日は、アカちゃんとさやかが来てくれるし」
「しっかり指導を受けるよ」
「わたしは留守だけど。わたしとアツマくんとあすかちゃんの3人でショッピングデートするから」
「デートなんだ」
苦笑の弟。
「わたしがデートって定義したらデートなのっ」
「はいはい」
「デ…デートのために、わたし、エネルギー、充電したくって」
「?」
恥ずかしさは、あったけれど。
だけど、思い切って。
弟の左肩に。
わたしの、体重を。
「ぼくに寄りかかるのが、エネルギーの充電ってこと??」
「……そうよ。だれがなんと言おうと」
ふにゅーーっ、と引っつき続けながら、
「ピアノ弾いて消耗したエネルギーもあるし」
「じゃあ、ずいぶん減ってるってことなんだね、お姉ちゃんのエネルギー残量」
「そゆこと」
「ぼくに引っつくと、エネルギーが産まれるの?」
「産まれる」
「どういう理屈かなあ」
「理屈なんて、ないっ」
「しょーがないなあ」
「……思ってたり、する?? ブラザー・コンプレックスっぽいって」
「少しは、思うかな」
「……」
「でも、たまには、寄り添いたくなるんだよね。いつもは、アツマさんなんだけど」
「……あんたもアツマくんも、平等に大好きだし。」
「無茶苦茶な」
「笑わないでっ。無茶苦茶じゃないもんっ」
「あはは」
笑わないでって言ってるのに……笑うんだから。
イジワルな弟と化した利比古は、
「30分は――離れてくれそうもないね」
「あったりまえでしょっ。30分とか、短すぎ」
「引っつかれてるあいだ、なにをしてればいいのかな、ぼく」
「わたしとおしゃべり」
「お題は?」
「わたしが提示する」
「へぇ」
「ビミョーな相づちしないでっ」
「了解」
「利比古」
「うん」
「あんたはガッカリするかもしれないけど……あんたの趣味の話題は、いっさい出さないわよ」
「なるほど」
……なにが「なるほど」なのか分からないが、弟は、
「お姉ちゃんの気持ち、理解できる」
と言って、
「ぼくの趣味って、アレとかアレでしょ??」
「……そう。アレとかアレ。そういうことよ」
「マニアックだもんね」
「あんたのハンサムとは、裏腹にね」
「フフッ」
「いまの笑いかた……ちょっとオタクっぽかった」