ハムスターが巨大化したようなぬいぐるみをフニュフニュといじりながら、
「埼玉さんちの西武ライオンズくんぐらい、悲惨な球団も無いわよね」
と言うわたし。
利比古が、途端に苦い顔になり、
「そんなコトをあんまり言うものでも無いよ、お姉ちゃん」
とたしなめてくる。
「だって事実なんだもん」
このヒトコトで、全て結論付けられる。わたしはそう信じて疑わない。決めゼリフを言えた爽快感でもって、大きめのマグカップに入ったブラックコーヒーを啜る。美味しい。
「あんた、自分のコーヒーにあまり手を付けてないじゃないの。飲んだら?」
利比古に促してみる。
しかし、利比古は利比古のマグカップに手を伸ばそうとしない。
若干黙りこくったかと思うと、可愛いはずのわたしの弟は、
「お姉ちゃんはさ、野球の話になると、ヒドいよね」
ちょっとなにそれ。
空気を読んで。
某民放テレビ局の某アナウンサーじゃなくても、『水差し野郎』って言いたくなっちゃうわよ。
もっとも、わたしは水差し『野郎』なんて汚いコトバを使いたくない。そもそも、どちらかといえば草食系ハンサムの弟には、『野郎』なんて呼び方は少しも相応しくない。
したがって、
「水差し『青年』になるのはやめなさい、利比古」
と言うに留める。
「ぼく、別に水なんか差してないし」
へえぇ。
言うようになったのね、あんたも。
弟の反発に、素直に感心。
だけど、反発してすぐに、わたしの向かい側のソファから立ち上がるのは、いただけない。簡単に逃げられると思ったら大間違いなんだからね?
ここは、お邸(やしき)。広めのリビングには、『プチ帰省』してきたわたしと、弟の利比古だけ。広めの空間を姉弟(きょうだい)で存分に使える。
利比古は利比古のマグカップも持って、わたしから距離を取ろうとする。
でもわたしは逃(にが)さないから、弟の背中めがけて、
「埼玉で西武なライオンズには、あのぐらいの苦難は耐え抜いてほしいわ。利比古なら分かるでしょう? わたしたちの贔屓球団は、10年以上もあんな状態だったのよ」
愛する弟は、ピタリと足を止めてくれる。背中は向けたままだけど。
「お姉ちゃんは……」
振り向かないままに、最愛の弟は、
「パシフィック・リーグの球団のコトになると、輪をかけて適当な言説(げんせつ)になるよね。横浜DeNAベイスターズとは、他のリーグで関わりが少ないからって……」
とか言うんだけど、
「関わりならあるでしょう。ついこの前、日本シリーズで闘った相手じゃないのよ」
と、姉であるわたしは、余裕でコメント。
「それは、90%以上、冗談だよね!? ベイスターズとライオンズの日本シリーズって、『ついこの前』なワケじゃ無いでしょ!? 98年だよ!? とっても昔だよ!? お姉ちゃん、お母さんのお腹の中にすら居ない……」
あらぁ。
まくしたてるように言うだなんて。ずいぶんと攻撃的なツッコミであるコト。
ふわり、とわたしは立ち上がった。弟が背中を向けて立っている場所に、着実に近付いていく。そして、弟の背後から、弟の右肩へと、右手を伸ばしていく。
ふわっ、と右肩に右手を置いて、それから、
「悪かったわよ。わたしの野球語りの性質(タチ)が良くなかったわよね」
と軽やかに謝りながら、さらさらさら……と、右肩を撫でていく。
そしてそれから、
「暗黒期に突入するのなら、ベイスターズの『お仲間』よね。来年度はテレ玉の試合中継にも気を配ってあげたいわ」
と発言し、
「松井稼頭央が今後どうしていくのかは気になるけど、野球の話はこれぐらいにして」
と宣言してから、軽く軽く息を吸って、
「利比古、あんた、ピアノとお菓子の、どっちが良い?」
わたしのクエスチョンに利比古がビビッと反応。一気に振り向いてくる。
ハンサムな弟とキレイでカワイイ姉が向かい合う。
向かい合えたから、姉のわたしの方から距離を詰める。弟は、全体的に遠慮気味になっていて、姉のクエスチョンに答えあぐねている。
160.5センチのわたしは、168センチの利比古を少し見上げて、
「優柔不断は困るわよ」
と、優しさを混じえた穏やかな口調で、言ってみる。
姉弟なのだから、余裕で視線を合わせられる。
利比古の眼って、キレイな眼……。
「じゃあ……」
と、右斜め下に視線をずらしながらも弟は、
「お菓子が、いい。」
と、答えてくれる。
ハッピーなわたしは、
「それじゃあ、抹茶ババロアを作ってあげるわね。ババロアなんて、普段は食べる機会が少ないでしょ。わたしの彼氏が勤務してるカフェのメニューにも、ババロアは存在してないし」
「アツマさんが働いてるお店のコト、言及する必要あったの?」
楽しい気分だから、弟のツッコミは軽快にスルーして、
「待ってなさいよ利比古、これからダイニング・キッチンに行くから。タブレットでウィキペディアを読み耽(ふけ)ったりして、時間を潰していなさい」
こんなふうにキッパリ言ってから、弟の素晴らしい顔面に視線を固定させたまま、
「もしかして、わたしのエプロン姿を眼に焼き付けてから、ウィキペディアを読み耽りたかったり??」
「……それって、お姉ちゃん流の冗談、ってコトで良いんだよね」
「エプロン姿を見せたいのは本気よ。ねえ、あんたは、わたしがどの色のエプロンを装着してるのが、いちばん好ましいと思う? これからわたしが言うエプロンの色から、1つ選んでよ」
恥ずかしがり屋さんめいた面持ちになってきた弟は、
「お姉ちゃん、今日、絶対……サービス精神、旺盛過ぎるから」
すぐにわたしは、
「わかってないのねぇ〜〜」
と煽っていく。
右手を頭頂部に持っていくのか。それとも、両手を両肩に持っていくのか。スキンシップのやり方で、姉のわたしは贅沢に迷う。
とりあえず、
「あんた、夏休みの頃から、いろいろとあったでしょう? 不都合なコトや、ダメージが大きかったコトもあった。未だに、ショボくれてる状態が持続してるみたいだし。テンションをなかなか高くできないのならば、わたし、ハグだってしてあげるわ。家族なんだから、遠慮無く抱き締めてあげる」
一気に言ったわたし。利比古に、ためらいはあまり見られない。ハグされるコトだって受け容れてくれそう。恥ずかしがりの度合いは強いけど、さっきよりも視線がわたしの顔に寄っている。
どの色のエプロンで、利比古のカラダを包み込んであげようかしら……と、わたしは楽しく思案を開始。