朝飯はすでに食い終わった。メイン調理は愛で、おれはちょっとだけ手伝ってあげた。
ホットコーヒーを飲みつつ、
「愛。昨日の晩おまえが作ってくれたラーメン、美味かったよ」
ダイニングテーブルの横のリビングで洗濯物を畳んでいた愛は、
「あら。あなた昨夜(ゆうべ)もホメてくれたじゃないの。もう1回おんなじ風にホメてくれるなんて」
「とっても美味かったから、もう1回ホメるんだぞ」
愛がシャツを畳む手を止めた。
『畳み掛けるべきタイミングだ』
そう思い、おれは、
「特に、味玉だ。昨夜(ゆうべ)は言えずじまいだったが、半熟の味玉がとっても良かった。味付けが白身に良く染みていて、黄身もトロトロだった」
ぱさ……と、いったん持ち上げていたシャツを、手から離した愛。
ゆるり、と洗濯物の前から立ち上がる。
緩い足取りで、ダイニングテーブルのほうに接近してくる。
下目がちに、
「アツマくん。ちょっと、立ってほしい、かな」
スキンシップがしたいのだろうか。
半熟味玉を絶賛されたのが、よほど嬉しかったみたいだ。
おれは愛の要求を呑み、椅子から立つ。
スキンシップをしたいけど、踏ん切りがつかないご様子の、愛。
「どーしたいんだよ」
苦笑いのおれ。
「出勤時刻になっちゃうゾ」
おどけて言った、次の瞬間。
むぎゅー、と一気に愛が抱きついてきたのであった。
× × ×
夕暮れの時間帯。
マンションの部屋に帰ってきた。
おれは上機嫌だった。
出迎えてくれた愛が、玄関付近のおれに、
「す、すごく機嫌が良さそうね、あなた」
「分かるか?」
「いったいなにがあったっていうの」
「フロに入るかメシを食ってから話してやる」
浴槽のお湯入れが完了したのを知らせる音がピーッ、と響いてくる。
「フロを入れといてくれたんだな。ありがたや」
ドライヤーのあとで、バスタオルで軽く髪をならしながら、
「ここ最近ずっと、店の厨房でカルボナーラ作りに取り組んでたんだ」
「どうして?」と愛。
「メニュー開発だよ」とおれ。
「あなたまだ新人同然でしょう。開発なんかしていいの」
「いいんだよ」
おれは、ニッコリ。
「週のあたまから、ずっとカルボナーラに取り組んで……」
「まさか」
「そのまさかなんだな、コレが。おれのカルボナーラが、来週からメニューに採用される」
唖然となった愛。
オーバーなリアクションだなー。
「戸部アツマ特製カルボだ。もっとも『戸部アツマ特製』なんて枕コトバ、付くワケも無いが」
まだ驚きの残る愛が、
「……『カルボ』なんて強引に省略して言うのは、感心しないけど」
と指摘しつつも、
「おめでとう、アツマくん。今夜はお祝いね。献立を変更しなきゃ」
「どんなメニューにするんだ?」
「シーフードカレー」
目線を上げて、まっすぐ見据えて、
「ココロを込めて、作ってあげるわ」
と、愛。
さすがのパートナーである。
× × ×
愛がシーフードカレーを調理する時間もまったく長く感じられなかった。
雑誌を読んだりして、ゆったりと待つ。
やがて、煮込む鍋のコトコトという音。それから、カレー粉の香ばしい匂いも。
「ごめんなさい。急遽メニュー変更したから、19時過ぎちゃったわね」
「どーってことない。『いただきます』を言おうぜ?」
「そうね」
2人で両手を合わせ、
『いただきます』
と唱和。
「フム」
グラスのミネラルウォーターを飲み切って、おれは、
「カレールーではなくカレー粉から作る本気度が、まず100点満点なんだが」
と言って、
「『シーフード』カレーなワケであって」
と言って、それから、
「中でも、イカの肉厚が、非常に良かった」
と、平らげたカレーの皿を見つつ、ホメる。
「すごく上等なイカをお魚屋さんで買ってたのよ……わたしの腕というより、素材の勝利」
「珍しい謙遜ぶりだなあ」
苦笑いの愛。
しかし嬉しそうだ。
ほっぺたに紅(あか)みが滲んでいる。
「幸せだわ。あなたのカルボナーラがメニューに採用されて、わたしのシーフードカレーがあなたに絶賛されて」
「おれのカルボも、絶賛されるといいな。出してみなくちゃ分からんが」
「あのねーアツマくん、『カルボ』なんてくだらない略しかたするんじゃないの!」
ツッコみつつも、当然、愛は幸せな笑顔。
こっちの胸も満たされる。
今度は、おれのほうから、スキンシップ……なんて、下品かな。