アカ子ちゃんと居酒屋の個室で飲んでいる。
生中ジョッキを立て続けに6杯飲んだアカ子ちゃんが、
「星崎さん、星崎さん」
「? どうしたの」
「このお部屋、カラオケができるみたいですけど……」
「エッ、もしかして歌いたいの!?」
思わずカラオケ機械が置いてあるほうを見てしまう。
居酒屋個室でカラオケ。
幾度となく居酒屋個室で飲んだ経験のあるわたしでも、いまだかつて、だれかがカラオケで歌うのに遭遇したことは無い。
再びアカ子ちゃんのほうを見て、
「もしかして、中ジョッキ6杯飲んで、気分が上がり過ぎたとか」
「そうじゃないです。わたしがこの程度の量のアルコールに負けるわけ無いじゃないですか」
確かに、上機嫌なんだけど、シラフとあまり変わらない落ち着きぶり。
「たまには歌ってみるのもいいかしら? って」
そう言いながら、電子目次を手に取り、液晶画面をポチポチと。
テレビモニターに曲名が出る。某デ◯ズニー映画の主題歌。
ずば抜けた歌唱力で彼女は歌い切った。
「スゴいね。ほんとにスゴかった。歌唱力もスゴかったし、全部英語の歌詞なのに、とても滑らかに……」
「星崎さんも、どうですか?」
ええええっ。
「星崎さんのお仕事、大変な業務だっていうイメージがあるんですけれど。今夜は、溜まった鬱憤を晴らす貴重な機会かと」
「う、鬱憤とか、少し、大げさかな」
しかし彼女はマイクをわたしに差し出している。
困った。
「わ、わたし、どっちかってゆーと、音痴なほうだから。と、戸部くんと、同レベルみたいなモノで」
「アツマさんと??」
「そ、そーよ。彼のサークルメンバーも含めたグループでカラオケ行ったことあるんだけど、戸部くんあんまり上手じゃなかったし、歌」
「わたしもアツマさんとカラオケ行ったことありますけれど――」
「マジで」
「アツマさんの他には、愛ちゃんとか、5、6人で。アツマさん、そんなに音痴でも無かったように思います。もっともパートナーの愛ちゃんは、パートナーであるがゆえに、彼にダメ出しを連発してましたけれど」
マイクを差し出し続けるアカ子ちゃんはニッコリと、
「アツマさんを強引に引き合いに出さなくたって、いいじゃないですか。今夜は星崎さんが日頃の鬱憤を晴らせるかどうかが重要なのであって」
困りに困ってしまうわたし。
× × ×
わたしが歌ったかどうかは伏せるとして、お互いに飲み足りず、とあるBARにハシゴすることにした。
わたしはマンハッタンをオーダーし、アカ子ちゃんはマティーニをオーダーした、わけなんだが、
「意外。アカ子ちゃん、マティーニなんか頼まないと思ってた。『わたしと同じくマンハッタンを頼むのかも』とは、思ってたんだけど」
「マンハッタンは飲まないです」
断言。
「マンハッタンより断然マティーニです。個人の好みですけれど」
へぇぇ……。
「もちろん、星崎さんがマンハッタン飲むのは、尊重しますよ? カクテルに対しては、皆(みな)それぞれ『信条』みたいなモノがあるんだし。星崎さんには、マンハッタン、良く似合ってると思います」
「あ、アカ子ちゃんこそ、マンハッタン、ぴったり似合ってるって、思ってたんだけどなー」
「えぇ~~っ」
彼女がわざとコドモっぽいリアクションをしたから、ビックリした。
アワアワしながら、わたしは、
「だ、だって、マンハッタンって、『カクテルの女王』って言われたりするじゃない??」
「ですけれど、『王様』と呼ばれるカクテルがありますよね」
「……マティーニね」
「わたしは、女王よりは、王様です」
「……どして?」
アカ子ちゃんは可愛く笑いかけるばかりだった。
わたしの右の席の彼女は、右腕で頬杖をつき、わたしなんかより2段階以上綺麗な顔で微笑し続ける。
マティーニのグラスが、彼女の手前に置かれた……。