祝日だからというわけではないけれど、お休みをいただいた。
調子を崩してしまったという羽田愛ちゃんのお見舞いをするために、お邸(やしき)を訪ねてみることにした。
× × ×
戸部アツマくんが出迎えてくれる。
「わざわざすみません、ルミナさん」
恐縮そうに言う戸部くん。
「そんなに恐縮そうにしなくたって」
「でも……お仕事で忙しいのに」
「きょうはお休みだからぁ」
苦笑いであたしは言うが、
「……お疲れ様です」
と戸部くんは。
おいおい。
「どう見ても、疲れてそうなのは、戸部くんのほうじゃん」
「お、お、おれは、べつに……」
「戸部くん。だいじょーぶだから。きょうは、あたしがなんとかしたげるから」
「なんとかしたげるって……なにを……ですか??」
なにも言わず、戸部くんの真ん前に歩み寄る。
そして、戸部くんの左肩を、ポンポン、と軽く2度叩く。
びっくりする戸部くんに構わず、左肩に右手を乗っけ続けて、
「あなたは、あたしの働きぶりを見てればいいんだよ」
と言う。
ドギマギして、
「働きぶりって……いったい……」
と言う戸部くんだったが、
「あなた来年から社会人だよね?」
「……そうですが」
「お手本、見せてあげるよ」
「お手本……?」
「そ。ひと足早く社会人になった人間として――ね」
依然として、あたしの右手は、彼の左肩。
赤面中の彼。
まったくもう。しょうがないなあ。
× × ×
「…くたびれました」
愛ちゃんの、自己申告。
「戸部くんもくたびれ気味だったけど、彼以上に?」
「アツマくんなんかより……ずっと。しかも、一時的な消耗なんじゃなくって、持続的なくたびれで……」
「いつから?」
「いつからなのかなあ」
「あらら」
「6月の、頭……?? それぐらいから、ずーっと深刻で」
深刻さを申告する愛ちゃんの顔色、たしかにすぐれない。
「――いい時もあるんですけどね」
「そうなんだ」
「だけど、調子がいい時にはしゃぎ過ぎてしまうと、その反動が」
「なるほど。波があるってことなんだね」
「良かったり、悪かったりで」
「今は…バッドなほうか」
「はい。どちらかといえば、バッドです」
「じゃ、あたしがグッドにしたげるよ」
「ルミナさん……」
「そのために来たんだからね」
「ルミナさん……」
「ルミナさん……」を2回繰り返した。
かわいい。
沈んでるけど美人なのは変わらない愛ちゃんを、じーっと眺めてみる。
『どうしたんですか……??』とか愛ちゃんが言い出す前に、
全力で、ハグ。
「ルミナさん……!!」
愛ちゃんの、ハッとしたような声。
「まずは、からだをあっためてあげないとね」
――彼女の顔を見なくたって、ほっぺたが赤く染まっていくのを、想像できる。
× × ×
ハグしてあげた腕をほどいたあとで、頭をナデナデ。
スキンシップ効果で、愛ちゃんの顔色は良化する。
「――戸部くんどこに行ったのかな」
「たぶん、アツマくんは…じぶんの部屋に」
「――見せてあげたかったんだけどな」
「え?」
「あたしの、仕事ぶりを」
「仕事ぶり…??」
わかんないか、愛ちゃんには。
…ま、いいや。
「…もうひとつ、やるべきお仕事、あるんだけどな」
「お仕事って……なんですか??」
「愛ちゃん、」
「は、ハイ」
「戸部くんを、部屋から連れ出せないかな」
「それは……じぶんの『お仕事』を見てもらいたい、っていうことですか?」
「さすがに呑み込み早いねえ」
「それなら、わたし呼んできます」
「できる?」
「できます……それぐらいなら。
だって、彼が場に居ないと……無意味になっちゃうんでしょう?」
「愛ちゃんは、賢いな。
……お手本を。
お手本を、是非とも見せたくってさ」
「社会人としての……ってことですよね」
…見通してるんだね。
すごい。
「――待っててください。
すぐ、連れてくるので」
× × ×
ふたり揃って、神妙な面持ち。
神妙なのはいいんだけど、表情カタいかもなー。
とくに、戸部くん。
「戸部くんもっとリラックスしてよ」
「でも……ルミナさんは、『お手本を見せてあげる』って」
「だからって、緊張し過ぎないでよ~~」
「し、しますから!!」
「戸部くんのド緊張が、あたしに伝わっちゃうとさ。
……うまく弾けるピアノも、弾けなくなっちゃう」
戸惑いの彼。
あたしは彼に視線を合わせ――笑う。
「上司からの命令」
と告げる。
告げられた彼は、困惑顔で、
「じょ、上司!?」
と言うも、
「あたし、きょうだけ、あなたの上司になる。」
と告げて、それから、
「深呼吸しなさい、深呼吸」
と…命令をくだす。
「15秒間深呼吸すること。わかった?」
そう念を押してから、
グランドピアノの鍵盤に――向き直る。