・11月2日(土)
蜜柑です!
きょうは、お嬢さま…アカ子さんの忘れ物を届けに、文化祭が催(もよお)されている学校までやってきたわけです。
それで、無事アカ子さんに忘れ物を渡して、これからどうしようかな~と思っていたら、何やら野外で吹奏楽の演奏会がやっているではありませんか。
……、
わたしには演奏の良し悪しなんてすこしも分かりませんが、指揮棒を振っているのが、ずいぶん若い男の先生なのは気になりました(いやらしい意味ではなく)。
曲目がいきものがかりの「ブルーバード」に変わったところで、ふと眼を転じると、
アカ子さんのお友達の、青島さやかさんが、
一心不乱に、吹奏楽部の演奏を見つめているではありませんか。
演奏終了
\パチパチパチパチ/
「こんにちは~」
「!? みみみ蜜柑さん!? どうして学校に」
「(^_^;)…そんなに衝撃を受けなくてもw」
× × ×
「吹奏楽、お好きなんですか?」
「クラシックは好きですけどーー、
す、すみません、答えになってなくて」
「いえいえ、わたしの訊きかたが悪かったかもしれませんし」
「ずいぶんお若い先生が指揮をされてましたね」
「荒木先生です。
わたしの兄より年下なんです」
「へぇ~へぇ~」
「と、トリビアでもなんでもないと思うんですけど……、
荒木先生には音楽の授業で、中等部のころから教わっていて、」
「なるほど、」
「(・・;)ーーなにを納得されたんですか?」
「さやかさんは、
好きだと」
「え、え、え、え、え、え、」
「荒木先生のことが好きなんですね」
「どうしてわかったんですか……」
「それはですね…、
さやかさん、ブラスバンドのほうじゃなくって、指揮者の荒木先生のほうを、さっき、ずっと見つめてましたし、
ましてやいま、すごい狼狽(あわて)ぶりですから」
年上ーー、
しかも教師かあ。
その発想はなかった。
でもーー、
わたしがKくんのことを見つめてるみたいな、
見つめかたで。
不意に、
Kくんに失恋して絶望に陥(おちい)ったことが思い出されて、
わたしの気分は暗くなる。
さやかさんーー、
その恋は、つらくきびしい恋になってしまいそうな気がして。
大変ーー。
「大変なんだから。」
「み、蜜柑さん!?」
「(;・・)すみません、独(ひと)り言です。」
「ーーなにかあったんですか蜜柑さん!?
すごく後ろ向きな顔してるーー」
「(肩を落として)わかりますか。」
「アカ子と大ゲンカでもしたとか!?」
「そんなわけではないんです。
少し前のことを思い出してたんです」
「もしかしてーー蜜柑さんも、こ、高校時代にーー、」
「いえ、わたしは『先生』ではなかったんですけれど、」
「は、はい…」
「さやかさん…、
さやかさんは、強いんですね」
「!?」
「逆境を、恐れない」
「逆境…ああ、まあ、わかります」
「フラれるとつらいですよ」
「それは十二分にわかってます、覚悟してます」
「強いですね。」
「いいえ、蜜柑さんと比べたら…、
それより、どうしちゃったんですか、きょうの蜜柑さん。
天真爛漫というかーーいつもニコニコしてて、元気で明るいのが蜜柑さんだって、勝手ですけど、わたし思ってます。
たまにはーー弱音を吐いてもいいと思うんですよ」
「だれに?」
「アカ子に。
帰ったら、アカ子とお話ししてみたらどうですか」
「お話し、ですかーー」
「気分が乗らないときには、正直に伝えたらいいじゃないですか」
ああ、
そっかーー。
アカ子さんに、ストレートに自分の感情を表現できたこと、
言われてみれば、
そんなにない気がする。
自分の感情に素直になれなくて、
それでアカ子さんを困らせたことのほうが、
ずっと多かった。
「蜜柑さん、おなかすいてませんか?
あそこで焼きたてのアップルパイが食べられるみたいですよ」
「いいですね、アップルパイ。
食べたら元気が出そう。
お嬢さまにも焼いてあげようかしら、アップルパイ」
「そこは逆にアカ子にやらせるんですよ、アップルパイ作るのw
職務放棄ですよw」
「まあ、職務放棄とか、物騒なwww」