「友だちがお芝居に出るから、下北(しもきた)に来てたそうなんです」
「お仕事帰りに芝居見物ですか」
「そうだったみたいで……。アクティブですよね。アクティブだし、タフなんだ。教師のお仕事って大変なはずなのに」
「お若いからでもあるんじゃないですか? まだギリギリ20代でしたよね、彼は」
「はい。94年産まれなので。わたしの兄より年下だっていうのも、なんだか変な感じがしますけど」
ここで、あらためて背筋を伸ばし、真正面のさやかさんを見つめてみます。
目線がマトモに当たったのが戸惑いを誘発したらしく、
「み、蜜柑さん……?」
というコトバが耳に届きます。
苦笑いせずにはいられません。
苦笑いした上でわたしは、
「――観ちゃえば良かったじゃないですか。一緒に」
「!? な、なにを、ですか」
「お芝居を。」
動揺が加速したさやかさんは、
「む、無理ですよっ。そんなの、荒木先生の……め、迷惑に」
「どうしてさやかさんは迷惑だと思うんですか?」
「そ、そ、そ、それは……」
動揺し過ぎて、可愛げが増してきちゃっています。
あ。
「可愛げが増して」なんて、眼の前の彼女に失礼かしら。
でも。
少なくとも年齢的には、わたしはさやかさんの「お姉さん」なんであって。
「惜しいこと、しましたねえ」
「……」
「数分間立ち話をしただけとは。せっかくの『感動の再会』だったというのに」
「……」
「次に会ったときは、リベンジしなきゃ。
そういう気持ちもあるんでしょう?? ――さやかさん。」
さやかさんが俯(うつむ)きます。
カラダが一回り小さくなったように見えてしまいます。
『言い過ぎたかな。でも、言い過ぎになるのにも致し方ない面はあって――』
内心でそう思いつつ、ジッと彼女を観(み)ていました。
……しかしながら、都合が良くないことに、いきなり現れたお嬢さまが、ひたひたとわたしの椅子に接近してきて、
「さやかちゃんをイジめてるんじゃないでしょうね!? 蜜柑」
と詰めてくるのです。
「油断も隙も無いわ。わたしが監視してないと、あなたはどんな真似をするか分からないし……」
「姉御肌(あねごはだ)ですよ、お嬢さま。姉御肌を見せてたんです」
お嬢さまは急速に顔をしかめ、
「『マウントを取る』って言うんじゃないの? あなたがさやかちゃんにとってる態度のこと」
「さあ、どうでしょう?」
「たぶんさやかちゃん、デリケートな気持ちで邸(ここ)にやって来たと思うの。なのにあなたは、彼女のデリケートなところまで踏みにじっていくのね」
心外な。
「心外な」
「これでも罵倒が足りないぐらいだわ」
「……アカ子。蜜柑さんは、悪くなんかないよ」
さやかさんが擁護(ようご)してくれました。
さすが。
さすがです、さやかさん。
こんなお嬢さまなんかより1枚も2枚も上ですよね。
「わたしのためを思って、強いコトバを投げかけてくれてるんだ」
ほらほら~~。
わたし、さやかさんにアカ子さんの代わりにお嬢さまになってもらいたいぐらいな、そんな気分ですよ~~。
ため息をつくお嬢さま。
わたしの左サイドの椅子に腰掛け、両腕で頬杖をつきます。
それから、意味深めいた表情で、ずーーーっとなにも言わない状態。
「はぁ」
もう一度ため息。
約15秒間の沈黙。
それから、なぜか薄ら笑いを浮かべるようにして、
「わかったわよ。蜜柑のお気持ちも少しだけは酌(く)んであげるわよ」
と言い、それからそれから、
「だけれど……ここからは、蜜柑にとって不都合な過去・現在・未来の◯◯なことについて、たっぷりと話してあげるお時間だわ」
……怒られたいんですか!?