【愛の◯◯】年下の男の子。それも、わたしが見下ろしてしまうような背丈で

 

おつきあいした男の子の数は、少なくない。

ほとんどが、高校時代のことだけど。

わたしは、男子の眼を惹く、女子高生だったらしい。

下駄箱にお手紙が入っていたり。

体育館裏みたいなところで告白されたり。

 

でも……長続きする交際は、ほとんどなかった。

結局、

『中身じゃなくて、見た目を好きになったにすぎなかった』

というのが、ほとんどだったのだろう。

風船がしぼむみたいに、しぼんでいくおつきあいだった。

 

見た目、というのは――外見、なんだけど、

とくにわたしの身体(からだ)に惹きつけられたらしい子が、多くって。

 

「蜜柑はモデルさんみたいだよね」

同級生の女子に、よく言われた。

「読モとか応募してみないの?」

とも。

わたしに応募する気はなかった。

幸か不幸か(?)、スカウトされる機会もなかった。

 

「学年で蜜柑がいちばんスタイルいいよ」

と、おだてられたこともあった。

「脚、長いし」とか、付け加えられて。

 

あんまりみんなが身体のことを言ってくるし、身体目当てで寄ってきた男子も少なくなかったし、

自分自身の体型を、呪ってしまうこともあった。

――思春期だったんだな。

 

 

――わたし、わたしより身長が低い子と、おつきあいしたこと、どのくらいあったっけ。

高校ともなると、わたしより背が高い男子が、多くなる。

それでも、160センチ台前半とか、わたしと比べて小柄な子と交際したことも、あるにはあったのかもしれない。

 

なんでだろ……。

自分の身長のこと、過剰なくらい気にしちゃうんだよな。

さいきん、とくにそうで。

……というのは、わたしより背の低い男の子が、わたしの前に現れたからで。

 

笹田ムラサキくん。

 

星崎さんの大学の後輩で、彼女が邸(いえ)に連れてきた子。

いっしゅん、大学生には見えなかった。

まず、声が……ボーイソプラノみたいに高くて。

それから、中性的なまでに、童顔に見えた。

そして、なにより小柄だったから、ほんとうに中学生ぐらいなんじゃないかと、疑ってしまった。

 

ムラサキくん。

年下の男の子。

アフタヌーンティーを、ふるまってあげたりしたけど……。

そのときのわたしのメイド服姿は、

彼の眼に、どう映ったのだろうか。

 

――身長うんぬん、メイド服うんぬんは、見た目の問題にすぎないんだけどね。

 

これから、たぶん、また、ムラサキくんと面と向かう機会がある。

できるだけ、わたしの『中身』を見てほしいと思う。

 

――こんなふうに思っちゃうのは、ひさびさに新しく男の子と接触して、無意識に、のぼせ上がりかけているのかもしれない。

のぼせ上がる――は、言い過ぎかな。

 

だけど、

ムラサキくんと正面から向かい合った記憶が――まだ鮮明で。

『紅茶のおかわりをください』

『かしこまりました』

そういうやり取りをしただけ。

しただけなんだけど。

 

 

土曜の朝。

自分の部屋の机でファッション雑誌のページをめくりながらも、気もそぞろ。

 

× × ×

 

「お嬢さま」

「なによ、蜜柑」

「なにしてらっしゃいましたか?」

「…読書」

「さすが。」

「……なーんかヘンね、蜜柑」

「そう思われますか?」

「相談事でもあるの? わたしに」

「んー、相談というか、なんというか……」

「煮え切らないわね。

 煮え切らないのも困るから、わたしの部屋で、話してくれない?」

 

お嬢さまの勉強机の椅子に座らせてもらった。

ベッドに座るお嬢さまを見下ろすかっこうになる。

 

さりげなく、

「――お嬢さまは、リラックマがお好きみたいですね」

なにを言い出すと思いきや…と、不穏な顔になるお嬢さま。

リラックマにインスパイアされたぬいぐるみを、複数お作りになって――ずいぶんとかわいらしいぬいぐるみであること」

「――なんでそうやって話をそらすのかしら?」

険しい顔で、

「あなたがそうやって関係ないことで話題をそらすのって、たいてい、『なかなか切り出しにくい話がありますよ』っていうサインよね」

「……そんなに深刻な問題じゃありませんが」

そう言うと、彼女は苦笑いになりつつ、

「『誰々さんとおつきあいしてるんです……』とか打ち明けるときの蜜柑は、よくこうやって、最初に話題をそらしてた」

「……よく、おぼえておられますね、わたしの高校時代のこととか。そうとう昔なはずなんですが」

「昔って、言ったって。

 あなた、まだまだ若いじゃない」

「もはや……お嬢さまのごとくピチピチではありえませんけども」

「…蜜柑の言い回し、なんだか、ヘンよ。やっぱりきょうはいつもと違うのね」

いつの間にか、お嬢さまは微笑みっぱなし。

――で、

 

「ムラサキくんがお邸(やしき)に来たことが、そんなに引っかかっているの?」

 

鋭い直感に、伏し目がちになってしまいながら、

「引っかかるというか……なんというか、ですね」

「――久しぶりに蜜柑の前に男の子が現れたんだものね」

「……ええ」

「動揺のひとつやふたつ、しても仕方がないって、わたしは思う」

「動揺……なんでしょうか?」

「自覚できない?」

「まとまらないです…」

「こころのなかで?」

「こころのなかで。」

 

柔らかい微笑みを持続させながら、

「わたしは、ムラサキくんのことを、蜜柑がどう感じたのかなー、と思って」

「と、いいますと」

「星崎さんが、教えてくれたんだけれどね。

『まるで蜜柑さんがムラサキくんのお姉さんみたいだった。ムラサキくん、完全に蜜柑さんの弟だった』って」

「……」

「蜜柑、あなたはどう認識してるの?」

「……。

 彼は、かわいらしい男の子なので。

 だから……その点で、少し胸が、くすぐられて」

「あら」

「……そんなに下心満載の顔にならないでください」

「下心満載とか、大げさねえ」

「――ムラサキくんの、出現で、こころが揺さぶられているのは、事実かもしれないです」

「動揺を隠せないのね」

「ドキドキとは――ちょっと違う気がするんですけど」

「じゃあ、どういう?」

「幼さの残る、彼の顔を、次に、見ることができるのは――いつなのかしら? って」

「あら」

「自分でも、気持ちの悪い『期待』をしてるって……思いますけど」

「ふーん」

「また、意味深な、笑い顔になって……」

「なりもするわよ」

「もっと探ってみたい、って顔ですよね……」

「そうも思うわよ。

『蜜柑は、ムラサキくんを、どうしたいのかしら?』とか、思っちゃうわよ」

「――『どうしたいのかしら?』、って。わたしがムラサキくんをどうするっていうんですかっ」

「ほらほら、椅子から立たないの、蜜柑」

「――取り乱しちゃいますよ。立ち上がりもしますよっ」

「蜜柑」

「なんでしょーかっ??」

「あなた……ほんとうに、身体の線が、きれいよね」

「と、とつぜんなにを」

「見惚れる」

「お嬢さま……」

「わたしには、真似のできない、スタイルなんだから……大事にしないと」

「会話が、会話が脱線してますよっ!」

「……軌道修正するつもりもないわ」

「そ、そ、そんなあ」

「そうやってテンパらなければ――あなたは完璧なのに」

「……完璧なんて……目指してませんよ」

「あら、そう」

「……」

「こんどムラサキくんと会うときは、そうやってテンパらないのよ」

「……」

「――でも、やっぱりテンパっちゃうのかしらね」

「――どうですかね」

「あなたが後悔しないことを祈るわ」

「――勝手に祈っててくださいっ!」

「…蜜柑」

「なんです!?」

「座りなさい?」

「う」

「おすわり。」

「……犬じゃないです。メイドです。わたし」