泉学園。
教室を一室貸し切って、桐原高校と泉学園、双方の放送系クラブの『交流会』が行われている。
今回は、KHKも招待されていて、
『男の子がひとりはほしい』とかなんとかで……板東さんだけでなく、ぼくも出席させられるハメになった。
見事に、ぼく以外、みんな女子。
文化系クラブ活動にはありがちの、異常なまでの女子率の高さ。
泉学園放送部から、部長・副部長のふたり。
桐原の放送部から、部長の北崎さん。
われらKHKから、板東なぎさ会長。
女子の出席者が計4名、
つまり、
ぼくだけ男子、5名中4名が女子ということは、
女子率80%の空間ということになる。
つらい。
眼の前には、泉学園放送部のふたり、
そしてなぜかぼくを挟みこむかたちで、
右隣に北崎さん、左隣に板東さんが座っていて、
完全に、女子4名に囲まれていますよ状態。
…包囲網かなにかかな?
コーラとかサイダーとかが入った大きいサイズのペットボトル。
それに加え、数種のポテトチップスの袋。
これで――和気あいあいと交流会が進行していけば、言うことなしなのだが、
果たしてそう、うまく行くのか?
心もとない。
泉学園放送部の部長は春日(かすが)さん、
副部長は鮎川(あゆかわ)さんである。
「春日(かすが)だけど、『ハルヒ』って呼んで!」
「鮎川(あゆかわ)だけど、『アユ』って呼んで!」
そうお願いしてきたふたり。
ハルヒさんと、アユさんか……。
口には、出さないけど、
ハルヒさんが部長、アユさんが副部長なんだけれど、
アユさんのほうが部長っぽく、ハルヒさんのほうが副部長っぽい。
……ぼくの第一印象ってだけだが。
部長っぽいが、現実は副部長であるところのアユさんが、
右腕で頬杖をつきながら、品定めをするように、ぼくのほうを眺めてきて、
「羽田くん、」
とおもむろに言ってきて、
「……はい」
と、いくぶん警戒しつつ、返事をすると、
「きみ、ハンサムだね?」
と……上級生特有の余裕顔で言ってくるのだから、こっちはたまらない。
「あ、アユさん……そう言われましても、ぼくとしては……」
言いしれぬ緊張をおぼえながら、かろうじてことばを振り絞るのだが、
アユさんの隣のハルヒさんが、何度も何度もうなずいているのが、眼に入ってしまった。
「そうだね」
こんどは、右横から北崎さんが、
「羽田くんは、何度か放送部に来たことあるんだけど――、
そのたび、『この顔で女子にモテないってわけないよね』って、思ってた」
そんなっ。
「たとえるなら――、
『永遠の少年』?」
いや、『永遠の少年』って、北崎さんっ。
すり寄るように、距離を詰めてきて、
ちょうど空(から)になってしまっていたぼくの紙コップに、サイダーを注ぎ入れる。
北崎さん――なんですか、その積極性は!?
「サラちゃ~ん、羽田くんをそんなにもてなして、放送部に引き抜きでもしたいわけ?」
見かねた板東さんの挑発。
「心外ね、なぎさ。わたしがモーションかけてるみたいな、口ぶりで…」
北崎さんの反発に、
「モーションかけてるなんて言ってないじゃん! 誇大妄想じゃない!?」
おさえて、おさえて、板東さん。
「なにしようと羽田くんはあげないんだからね」
板東さんのその突っぱねに、
「ふん。…そんなに、羽田くん、手もとに置いておきたいんだ」
「あ・た・り・ま・え」
……そして、冷たい戦争みたいに、にらみ合いになるのだから、たまったものではない。
交流会どころか…これじゃあ、桐原高校の人間同士の、ぶつかり合いだ。
さすがにこの状況を見かねたのか、
「…羽田くん争奪戦もいいんだけどさぁ、もっとこう、交流会っぽいことをしようよ」とハルヒさんが言う。
「そうね。それぞれが作ってる番組のことだとか」とアユさん。
「ハンサム」だとか言って、口火を切ったのは…アユさんだったんですけどね…。
…そんなツッコミは無用! という勢いで、
「KHKの活動で、羽田くんがどんな役割を担っているかとかも、知りたいな」
ぼくをまっすぐに見ながら言う、アユさん。
どれだけぼくに関心があるっていうんですかっ。
みなさん…なんだか、
ぼくを振り回すのに、終始してませんか!?
『交流会』が、まるで、タテマエ……。
× × ×
それからも、ぼくは、イジられまくりのイジられ通(どお)しだった。
しかも、放送系クラブ関連とはかけ離れたことばっかり、訊かれ続けていて。
ぼくを祭り上げて、なんになるって言うんですか…。
こっちはクタクタである。
おだてられるたびに、疲労が増して――、
グダグダかつ、クタクタな、実りがあるとはとても言えない交流会だった。
占有率80%だった女子陣にとっては、有意義な時間だったのかもしれないけど。
それにしたって。
交流会は一度きりじゃないらしい。
また、女子に、包囲される運命…。
その運命を思うと、暗澹(あんたん)たる気持ちになって、
解散して、解放されて、ようやくじぶんひとりで帰り道を歩けるようになっても、
歩く目線は、上がらなかった。
くたびれて、うつむいて、トボトボと駅に向かう途中だった。
とある公園を横切っているわけだが、
そういえば、この公園、たしか近くに『児童文化センター』があるんだった。
姉が――足しげく通い、子どもたちと触れ合っているという、センターである。
ぼくは、かつて一度も、センターに足を踏み入れたことがなく……今後も踏み入れる可能性は薄いと思われるのだが、
場所ぐらいは、確認しておこうかな…と思いつき、好都合にも至近距離にあった案内板に歩み寄り、案内板の地図でセンターの場所を探した。
「……ここなのか」
極度にくたびれていた反動で、ひとりごとが出てしまった。
そんなじぶん自身が少しだけイヤになり、案内板から眼を逸(そ)らす。
…向こうから、制服を着た女子が、歩いてきている。
あの制服。
あの制服は――姉が通っていた女子校の制服じゃないか。
彼女はどんどんこっちに近づく。
近づくにつれ、彼女の容姿がどんどんハッキリしてくる。
あすかさんとほぼ同じ背丈。
短めの髪。
そして、姉の出身校の制服、
ということは、必然的に、姉の後輩、
しかも、ぼくが見知っている、姉の後輩――。
「――川又さん。」
声が出てこないわけがなかった。
間違いない。
姉のひとつ後輩――文芸部の部長も引き継いだ、
川又ほのかさんだ。
ピタリと、彼女は立ち止まった。
ぼくに気づいたのだ。
信じられないような偶然なので、
お互い、しばらく、言うことばを思いつけず、
立ちすくみながら、ただひたすらに、顔を見合っている。
「どうして……ここに??」
沈黙を破ったのは、ぼくだった。
川又さんは、まだ、戸惑い気味ながらも、
「文芸部で……児童文化センターの、お手伝いに、来ていて」
あっ……なるほど。
「……お手伝いが、ちょうど終わったところだったんですね」
「……はい。そのとおり、です」
『利比古くんは、なぜこんなところに?』
とは、川又さんは、言わなかった。
ぼくに、問いかける代わりに――、
「すごい、偶然……ですね」
と、驚きを示す、彼女。
「ぼくも……驚いてます」
「……」
「……」
再度、無言モードに……。
……膠着状態に陥(おちい)る寸前で、
「もしかして……駅、いっしょだったりします?」
川又さんが、口を開いてくれる。
ぼくは駅の名前を告げる。
彼女は無言でうなずいて、
「やっぱり、いっしょでしたか…」
「…はい。いっしょのようです」
「行きましょうか……電車が遅くなっても、いけませんし」
「ですね……川又さんの、言うとおりです」
ぎこちなくこわばったことばを交わしつつ、
やがて……距離をとりつつも、ふたり、横並びで、
同じ駅へと、
歩(ほ)を進めて……いったのだが、
いろんなことが、きょうの放課後は、起こりすぎで、
帰り道を歩いている…という、実感すらも、
フワフワと、宙に浮いているようで、
歩いているあいだ、川又さんの横顔を見る余裕なんか、一切なくって。
別々のホームだから、改札を通ったところで、ぎこちなさが持続したままに、お別れをして。
「それではまた」と、かろうじて挨拶はできたけれど、
ホームへと階段をのぼっているあいだ、
上を向いて歩くことが、
どうしても、できなくって――。