「羽田くん、放送部の北崎部長が……」
放課後。教室の入り口から、クラスメイトの野々村さんが呼んでいる。
また、なんの用なのかな……と思いつつ、北崎部長が待ち受けているところに向かう。
「なんですか? 北崎部長」
「おっとっとー。わたしは、もう『部長』じゃないんだよ?」
「えっ? ……あ、ああ。部長を下級生に引き継いだんですね」
「そうだよ。物わかりいいね、羽田くんは」
「じゃあ……『北崎先輩』って呼びます。それで、用件は?」
「放送部に来てよ」
「なぜ?」
「部長が変わったからさ、新部長が、『所信表明演説』するの」
「所信表明演説って……総理大臣じゃ、あるまいし」
「いいじゃん。総理大臣も新しくなるし」
「無理やり時事ネタに引きつけますね……」
「とにかく! 早く行こうよ。後輩も、羽田くんが来るのを楽しみにしているよ」
「ぼく、KHKが」
「いーじゃんいーじゃん、KHKなんて」
「そんな」
「テレビ番組作り終わったばっかりで、いまはなにもやってないんでしょ?」
「北崎先輩、詳しいんですね……KHKの状況に」
「なんで詳しいと思う?」
「……わかりません」
「甘いねぇ、羽田くんは」
「まあ……そうとも、いいます」
北崎先輩は教室の時計を見て、
「ホラ、ぐずぐずしてると、亜弥(あや)がしゃべり始めちゃうよ!?」
「亜弥――って、もしかして、猪熊亜弥(いのくま あや)さんが、新部長」
「ビンゴ~」
「……」
「あれ? 羽田くん、亜弥のこと、苦手だったっけ」
× × ×
苦手、というか。
ぼくが、放送部の女子に、過剰にチヤホヤされるなかで、
猪熊亜弥さんは、そのチヤホヤの輪のなかに、入っていこうとしていなかった。
一匹狼タイプ……だという認識だったんだけど、
「統率力があるのよ。リーダーは、亜弥しか務まらないと思って」
「……浮いているのでは? 部内で」
「それは勘違いだねえ」
「勘違い」
「羽田くんの前だと……チヤホヤできないだけなんだよ」
疑問を抱いてしまう。
チヤホヤできないというよりも……猪熊さん、ぼくを避けているのでは?
× × ×
放送部の部室兼用の放送室に連れこまれ、猪熊さんの所信表明演説? を聞かされた。
猪熊さんの、淀みないしゃべり。
さすが、新部長に指名されるだけある……アナウンスの実力も、あるんだろう。
しゃべり終わり、軽く一礼する。
大きな拍手。
人望も……あるんだな、北崎先輩が言ったとおり。
「――では、みんなは、いつものように、発声練習を」
猪熊さんが促すと、部員たちはスタジオのなかに入っていく。
猪熊さんは入っていかず、ミキサーの前に立ったままだ。
「さて、」
おもむろに彼女は、ぼくのほうを見やって、
「羽田くん。あなたにお願いがあります」
と言い出す。
鋭い眼。
「ちょっと外に出ましょうか」
「ぼくと……外に?」
「はい。ふたりで、話したいんです」
意外な、積極性だった。
ぼくと交わりたくないわけじゃなかったのか。
彼女は、隅っこの北崎先輩に顔を向け、
「よろしいですよね? 先輩」
「よろしいよ。後輩どもは、わたしが見張っておく」
「ありがとうございます。
では……羽田くん、出ましょうか」
× × ×
「無理を言ってすみません」
「あのー、2年生同士なんだし、敬語は……やめない?」
黙りこくって、猪熊さんは歩き続ける。
レスポンスがない……。
「え、遠慮はナシに、しようよ」
足を止めない猪熊さん。
「と、ところで、どこまで歩き続ければいいのかなぁ、ぼくたち」
彼女はぼくの問いに答えることなく、ぼくのほうを向くこともなく、
「――羽田くんは、わたしのこと、どう思っていましたか?」
「え!? ――ど、どう思っていたか、って」
「羽田くんが放送部に来て、女子部員に取り囲まれているとき、わたしだけ、輪のなかに入っていかなかったから――いい印象が、なかったのでは」
「それは……違う。悪印象なんて、持たなかった」
「そうですか」
ピタッ、と足を止める彼女。
「本心を言っていいでしょうか。気を悪くしたら、申し訳ないですけど」
「……どうぞ。遠慮なく」
「わたしは、ほかの女子部員ほど、羽田くんを歓迎しようとは思っていません」
「……うん。」
「加えて言うなら、羽田くんがあんなに女子から好意を持たれる理由が、わたしには理解できません」
お、おっとぉ。
一気に、フランクになってきたぞ……猪熊さん。
そして、不穏だ。
「――羽田くんって、ほんっとモテますよね」
苛立ちと不満を込めるようにして、猪熊さんが言った……。
「ウソみたいにモテますよね。何回告白されたのか、って感じで!」
「そっ、そんなに、何度も何度も告白は……されてないよ」
「でも桐原の生徒だけで、少なくとも3人以上に告白されてるでしょう!?」
「……どうしてそんなに生々しい人数なの、『3人以上』って」
ぼくの疑問などまったくお構いなしに、
「羽田くん。わたしは――違いますから」
「違う、って」
「わたしは、桐原のほかの女子生徒みたいに、優しくも甘くもありませんよ」
「……宣戦布告?」
「宣戦布告。」
――とりあえず、
猪熊さんには、敬語を使うのを、やめてほしい。