川又さんが、桐原高校にやって来た。
こんな形で、川又さんとまた会うことになるとは……。
× × ×
文芸部の同級生部員の武藤さんを連れて、川又さんは桐原高校にやってきた。
彼女たちを取材する側として、板東さんとぼくが、会議室を借りて接待。
黒柳さんは不在。
板東さんが、『どうか休んどいて』と言ったらしい。
ひどい――。
黒柳さんがいたっていいじゃないか。
不都合ないじゃないか。
――そういう気持ちで、『なんで黒柳さん来させないんですか?』とそれとなく不満をこぼしたら、
『あっちが2人なんだし、こっちも2人が、釣り合いとれてるでしょ?』
と言い張るのだ。
そういう問題じゃないでしょ板東さん…ということばを、ぼくは呑み込んだ。
もはや…言っても聞かない。
きょうの取材で暴走するのを止めるのが、ぼくの役目だ。
正面に川又さんが座っている。
その横の武藤さんは、川又さんとは違ってサバサバした印象を受けるひとだ。
キツめの性格なのかもしれない。
板東さんが、武藤さんをキレさせたら、どうしよう……。
ふいに川又さんが笑った。
まるで、ぼくのいまの不安を察知してるみたいだった。
やわらかく、やさしい微笑みだった。
どういうリアクションを返すべきか、わからなかった。
「川又さんは羽田愛さんの後継者なんですよね!?」
いきなり大きな声で、ぼくのとなりの板東さんが訊き始めた。
「あの、カリスマ女子高生であらせられた、羽田愛さんの後を継いで、文芸部の部長に――」
カリスマ女子高生って。
姉を崇拝しないと気がすまないんだろうか。
「――わたしはカリスマじゃないですけど」
少しだけ苦笑いまじりに川又さんは謙遜。
「でも、愛さんじきじきに、次期部長に指名されたんでしょう?」
「――はい、そうでした」
「文学少女の素質を見込んでのことだったんじゃないですか? 文芸部の部長にふさわしい人材として――」
あはは、と小さく笑って川又さんは、
「――板東さん、ちょっと大げさに、わたしたちの文芸部のことを、とらえてませんか」
クリティカルな指摘に、板東さんの勢いが止まる。
「ウチは基本、まったり文化部ですから――『後継者』がどうとか、『文学少女の素質』がどうとか、そういうのは、ないんですよ」
それから、はにかみまじりの笑顔で、
「羽田センパイが――すごいセンパイなのは、事実ですけど。わたしがいちばん尊敬してるセンパイだし」
対する板東さんは、
「わたしもそうです――尊敬してます。尊敬というか、勝手にあこがれてるというか」
「板東さんも、羽田センパイと面識あるんですね」
「はい。ハンバーグの作りかたを、教えてもらいました……」
「わぁ~、うらやましい」
おどけるように川又さんが「うらやましい」と言ったから、
ぼくは少し驚く。
「わたし、まだ、羽田センパイに、お料理教えてもらったことないのに。板東さんが、うらやましい」
…完全に、勢いで押してるのは、川又さんのほうだ。
板東さんも、形無し……、
と思っていたら、
川又さんが、ダメを押すように、
「ズルいです、板東さん」
と言ったから、ぼくはあっけにとられてしまう。
ジェラシー?
敵意?
…たぶん、となりの板東さんは、もっとあっけにとられちゃってる。
川又さんのほうは、落ち着いた表情で、ニッコリ。
…ニッコリとしながら、
「お互い、ライバルみたいですね。板東さんと、わたし。
ライバルとして、仲良くなれそう。
……羽田センパイに対する尊敬の度合いなら、わたし負ける気ないですけど」
完全に板東さんは困惑状態。
あまりにも空気が微妙なので――わざと咳払いをして、ぼくは、
「――いつまでたっても取材に行かないじゃないですか。
ぼくの姉のことが、取材テーマなわけじゃないんでしょ?
ですよね板東さん。
姉のことが気になるのは、わかりますけど。
でも――本来の目的を見失っちゃ、困りますよ。
KHK会長として――もっとしっかりしてくださいよ」
たしなめられて、無念そうな声で、板東さんは、
「どうして羽田くんはそんなにわたしを責めるの……?」
ふんっ。
「――ラチがあかないので、ぼくに取材させてもらいます」
「……キレてるの羽田くん? ブチギレ?? なんで――」
「板東さん」
「な、なに??」
「イエローカードがすでに1枚出てます。
もう1枚、イエローカード、もらいたいですか?」
× × ×
「利比古くん、上級生に物怖じしないんですね」
取材終了後、川又さんとぼくの2人で、校舎の外を、会話しながら歩いている。
「いつも、あんなに厳しいんですか? 板東さんに」
「いいえ……。きょうはたまたま、日ごろのウップンを、彼女にぶつけてしまった感じで」
「そっか……。利比古くんも、いろいろ大変なんですね」
「KHKは、3人しかいない弱小ですけど、いつもハードです」
「わたしたちの文芸部みたいに、まったりゆったりとは……行かないんだ」
「行きません」
それにしても、暑い。
「――日陰がもう少しあったらいいのに」
と、学校屋外(おくがい)の敷地にグチをこぼすと、
「利比古くん、もしかして、暑がり?」
と、川又さんに気づかわれた。
「よかったら――」
彼女はじぶんのバッグを開けて、
「いちども使ってないタオル、ありますけど、あげましょうか?」
――そのお気づかいは――いったい?
「あの、お構いなく、川又さん」
「構います。構っちゃいます」
「な、なぜっ」
「油断してると、最悪、熱中症に」
「なぜ――そこまで、お気づかいを」
「――なんでなんでしょうね」
「そ、そう言われると、困るんですけど」
「――そんなにテンパったら、汗だくになっちゃいますよ?」
うぅ……。
「ほら――あそこにちょうどよく、自販機が」
「……」
「わたしが飲み物買ってあげます。
わたしが年上だから、わたしのおごりで」
× × ×
購入したペットボトルを、彼女に渡される。
それから、彼女の未使用タオルも……やはり、彼女に渡される。
「……川又さんは、飲み物買わなくてよかったんですか」
「暑さ対策で、冷やしたスポーツドリンクをバッグに入れてきたので」
かしこい……川又さんは。
「見てください利比古くん。あそこの大きな樹のところが、日陰になってますよ。ラッキーですね」
ほんとうだ。
「ベンチまである」
……たしかに、ある。
「だれも座ってません。チャンスですよ」
チャンス……というのは。
「あそこで休みましょうよ」
休むって……、
2人で……2人っきりで!?
「わたし、利比古くんの暑がりが心配なんですよ」
「はい、それは……承知、してますけども」
「――そんな曖昧なことばはダメですよっ」
不敵な笑顔で――叱られてしまった。
なおも上目づかい、
なおも不敵な笑顔――で、
「イエローカードがほしいんですか?」
「い、い、イエローカードとは、」
「さっきは、利比古くんが板東さんにイエローカード出してましたけど。
わたしだって、利比古くんが『どっちつかず』を続けるのなら――、イエローカード、出したくなっちゃうんですけど」
…窮地のぼくは、
「……出してほしくないです、川又さんには」
なぜだか、彼女は笑いを増して、
「わかってくれたか」
と言ったかと思うと、
「じゃあ、あの木陰(こかげ)のベンチに行って、いっしょに座ってくれますよね?」
……「いっしょに座ってくれ」と言われ、ドキッとした。
ドキッとした、
ドキッとして、
ドキッとしまくった……あげく、
「……わかりました。」
と、どうにか、言えた。
川又さんの、謎の、積極性。
どうして、ぼくに対して、こんな積極的に……。
夏真っ盛り、だから……?!