さやかちゃんのお母さんは、とてもとても優しそうなひとだった。
「ようこそ」
と言う、その笑顔が、まぶしい。
「さやかと仲良くしてくれてて、うれしいわ。あの子、なかなか友だちができないタイプだから」
そう言って、
「アカ子ちゃん。なにか食べたいものはある?」
「いえ…、おかまいなく」
「なんでも作ってあげるけど」
…わたしは恐縮しつつ、
「すみません…。お気持ちだけ」
「そう。――なにかしてほしいことがあったら、いつでも声かけてね」
サービス精神……すごい。
「ゆっくりしていってね~」と、お母さんは風のように去っていった。
さやかちゃんのお兄さんもいたので、彼にもあいさつした。
かなり歳が離れたお兄さんで、もうばりばりと働いているという。
さやかちゃんはお兄さんのことを話し始めると、ウットリとした表情になるのが常だった。
無類のお兄さん好きなのだ、彼女は。
その、お兄さんと、初対面。
さすがはばりばりの社会人で、落ち着いた印象を受ける。
――なるほど。
こういう、お兄さんなのね。
「これからも、さやかをよろしくね」
彼は微笑んで言った。
「はい、もちろんです」
わたしは、元気よく、ことばを返した。
× × ×
「兄さんの会社の取り引き先が、アカ子んところの関連会社だったりするんじゃないの?」
「そんなこと訊き出したりしないわよー、さやかちゃん」
「……お嬢さまだ」
「なによー、その含みのあるセリフは」
「実のところ、なんにもない」
「なにそれ~、ちょっとおとぼけ気味じゃない? きょうのさやかちゃんは」
「とぼけてるというより、寝ぼけ気味かも」
「日曜日だからかしら?」
「それは正直ある」
さやかちゃんのお部屋に入るやいなや、こうして、楽しいおしゃべりタイムを繰り広げている。
「お母さん、すごくすごく優しそうね。さやかちゃんが話してるとおりだった」
「わたしとのギャップがすごいでしょ。
わたしは――母さんみたいには、なれないな。溢れ出る愛情を、ああいうふうに表現するなんて、真似できないよ」
「――そうかしら?」
「エッ……。アカ子」
「さやかちゃん、お母さんに――似ているところ、あると思うけれど」
「うそっ」
「インスピレーションみたいなものだけれど。さっき、お話していて、感じちゃったのよ」
「わたしに……母さんと……似たところが……」
「そもそも、母娘なんだし」
さやかちゃんを押し黙らせちゃった。
困ったように、顔をうつむかせてる。
そんないまのさやかちゃんが、わたしにはカワイイ。
だから――あえて、困ってる彼女を、そのままにしておく。
ゴメンね。
…眼を転じると、とある学術書が、窓のわきに立てかけられているのが見える。
わたしはその学術書に注目して、
「さやかちゃん、わたし、窓のところにある本が、気になるわ」
「――え? あ、ああ、コレのことか」
さやかちゃんは学術書を手にとって、わたしに見せてくれる。
「この出版社の本は、どれも高いのよね」
「高いから、興味があっても、手が出なかったんだけどさ……。
兄さんが、『大学の勉強がんばれ』って、臨時おこづかいを出してくれて」
「それで、買えたのね」
「じぶんのお金で買ったんじゃないのが……恥ずかしいけど」
「いいじゃないのよ~、お兄さん、とってもいいお兄さんなのねぇ」
「……」
照れてる、さやかちゃん。
さらに、彼女を照れ照れさせちゃうのかもしれないけれど――、
どうしても気になってることが、まだあって、
追い打ち、かけちゃう。
罪なわたし。
「さやかちゃん、」
「……? どうしたっての」
わたしが、まっすぐ顔を見すえているから、惑う彼女。
「わたしの顔に……なんかついてる?」
「ううん、違うわ」
小さく首を振ってから、
「……さやかちゃんの髪が、ずいぶん伸びたな、って思って。」
「アカ子……」
「……伸びたでしょう?
前は、どちらかというと、短めなほうだったし、髪の長さ。
大学生になってから、かなり、長くなってる。
意識して……伸ばしてるの?」
じぶんの髪を、指でつまむ仕草。
ほっぺたを赤くして、16歳の女の子みたいに、
「忙しくて……美容院、行けなかっただけ」
と言うけれど、
わたしには、とてもそうとは思えず。
穏やかに、わたしは、
「長めの髪も――似合ってるわよ」
と告げる。
「髪は、この先どうするかは……わかんないっ」
顔の火照(ほて)りを紛(まぎ)らすように言うさやかちゃん。
彼女らしからぬ焦りで、
その焦った感じが――個人的には、とっても可愛らしくて、もっと、眺めていたいぐらい。
でもやっぱり、これ以上は、親友のさやかちゃんを追い詰めるみたいで、酷(こく)に思えてきたから、
「さやかちゃんが、『ピッタリだ』と思う長さに、すればいいと思う」
確実に長くなった髪の毛先に指で触れつつも沈黙状態の彼女に、さらに、
「どんな長さであっても――さやかちゃんの髪がステキなのには、変わりない。
そう、ステキよ――さやかちゃんは」
予測通り、そう言われてドギマギのさやかちゃんだったが、
「鏡とか、見ても……あんまし、じぶんの見た目、自信が持てなくってさ。
――アカ子や、愛が、とーっても華々しい見た目だから、余計に。
ぶっちゃけ、コンプレックスみたいなのがあって」
そこでいったんことばを切り、
顔を赤らめながらも、わたしにまっすぐ眼を合わせて、
「アカ子。あんたがいま、『ステキよ』って言ってくれたのは……素直に、うれしかった。…そう言われると、ちょびっとは、自信も出てくる」
わたしは、微笑ましくなって――、
「あんがい、過小評価なのね」
「――どういう、こと?」
「さやかちゃんが、さやかちゃん自身のこと、過小評価だってこと」
「――アカ子には、そう見える?」
「気を悪くしたら、ごめんなさいね」
「……気を悪くなんか、しない」
そして彼女はあらたまって、
「アカ子は親友だから。大切な、親友だから。
だから……もっとなんでも、言ってくれていい」
「……あら」
「友情って、そういうもんでしょ」
「やっぱり、ステキね、さやかちゃん」
「――そうかもしんないね」
「自信持ちましょうよ、もっと。自己評価は上げたもの勝ちよ」
「……なにそれ。なにを言い出すかと思えば。
ホント、面白いよね――アカ子も。」
笑い出す、さやかちゃん。
屈託のない、笑い顔で。
そんなさやかちゃんが、余計に微笑ましくって――、
お部屋に、ず~っと居たくなってくる。
――ステキなさやかちゃんと、ステキな日曜日。
× × ×
「アカ子、マリオカートやんない?」
「マリオカート? …あっ、ゲームのこと?」
「ゲーム以外のマリオカートなんてないでしょ」
「ごめんね、テレビゲームとか、やったことがなくて」
「…乗り気に、なれない?」
「いいえ、そんなことないわ。関心がないわけじゃないから」
「じゃ、せっかくわたしんち来てるんだし、やってみようよ、マリオカート」
「OKよ。――でも、どうやって? テレビがないじゃない、このお部屋」
「テレビがなくたって、ゲームはできる。Switchっていう、文明の利器」
「……すごいのね、いまのゲーム機って、こんな仕組みになってるの。ハイテクだわ」
「いいでしょ。Switchひとつあるだけで、寝っ転がって画面見ながら2人対戦ができる」
「チュートリアルおねがいね、さやかちゃん」
「もちろん。
――対戦、最初は、手加減してあげるから」
「ほどほどの手加減で、お願いするわ」
「ほどほどって、なんで」
「――手先が器用だから、コントローラーを操作するのは、すぐ慣れると思うの。だから、あまり手加減しすぎないでほしい」
「――自信アリ、か」
「――その気になったって、いいのよ」
「その気、って、なんの気」
「『本気』。」
「…強気だな~、アカ子も」
「本気で強気が、わたしらしさよ」
「…たしかに。」