【愛の◯◯】カフェの開店準備と、こころの『吹っ切れ』の準備。

 

わたしの実家の喫茶店は、珈琲専門店という色彩が強く、モーニングを出さない。

だから、開店時間は、比較的遅い。

 

――それとは関係なしに、早い時間に目覚めてしまった。

『日曜日なのに……』と、じぶんの睡眠リズムを少しだけ呪う。

 

喫茶『しゅとらうす』の開店まで、そうとう時間がある。

眠気覚ましがてら、自発的に、『しゅとらうす』店内の掃除を始める。

 

わたしの要領が思ったよりいいのか? 比較的短時間でお掃除が終わってしまう。

 

今度は、自発的にコーヒーを淹(い)れた。

豆挽きからちゃんと始めて、コーヒーを淹れた。

それでも、時刻はまだ、朝早くで、

コーヒーの入ったカップを置きながら時計を眺めたわたしは、

フライング気味に日曜朝を過ごしていることに、ため息をつき、

木作りのテーブルに頬杖をついて、コーヒーカップをもてあそんでいた。

 

……あまりにも早いお目覚めだった。

そのせいで、

きのう、高田馬場某書店で、利比古くんと出くわしたことが……、

うまく、こころのなかで、整理できないままになっている。

 

 

× × ×

 

高田馬場駅で、羽田センパイと落ち合えたのはよかった。

改札の前で、ふたり並んで利比古くんと立って待っていたときは……気持ちが穏やかじゃなかったけど。

『早くセンパイ来て』、って思っちゃった。

男の子とふたり肩を並べることに、慣れてない。

それは、ずっと女子校にいるからなのか――。

ともかく、改札を出てきた羽田センパイは、すっごく美人な顔でわたしに笑いかけてくれて――それで、穏やかじゃない気持ちも、少し落ち着いた。

 

近場のルノ◯ールでセンパイが飲み物をおごってくれたのも、まあよかった。

ただ……センパイが、

「利比古と川又さんがとなり同士で座ったら?」

と、からかうように言ってきて、

「きょ、きょうだいは、となり同士で座ってくださいよっ」

とあわてるように言うしかないわたしだった。

センパイと利比古くんの姉弟(きょうだい)を眼の前にして、やはり気持ちは不安定だった。

気持ちが、ブレている、というか――センパイと、軽いことばのやり取りを交わしていても、半分うわの空、みたいで。

やっぱりそれは、利比古くんが、センパイのとなりの席に座っていたからだけど。

 

きのうの、ルノ◯ールでの、ハイライト。

出し抜けに、羽田センパイが、

 

「これからも利比古をよろしくね」

 

とおっしゃってきたのである。

これからもよろしく……と言われましても……と、

そういう戸惑いが、表に出てしまって、

わたしは赤面してしまっていたと思う。

 

「あら? どうしてそんなにカタくなっちゃってるの? 川又さん。もっと、リラックスしてもいいのに」

わたしの心情を知ってか知らずか、ゆったりとホットコーヒーを口に運んだあとで、

「肩の力を抜かないと――損よ」

 

× × ×

 

「…ごめんなさい、センパイ……。きのうのわたし、わたしがわたしじゃないみたいで」

そうつぶやきながら、コーヒースプーンで、カップの中をぐるぐるぐるぐると掻き回していた。

 

そうしていたら、父が、いつの間にやら、ホールに入ってきていたみたいで、

「なにしてんだ? ほのか」

と背後から、言ってきた。

 

「……とりあえずおはよう。おとーさん」

「あ、おはよう」

「……」

「――そうか。じぶんでコーヒー淹れて、飲んでたか」

「……ホールのお掃除もした。」

「そりゃ助かる」

「……」

「ふむふむ――」

「な、なにっ!? おとーさんっ。わたしのコーヒー、のぞきこんでこないでっ」

「コーヒーを見てるんじゃあない」

「だったらなんなの!? やたら距離詰めて…」

「いや、ほのかが、物思いにふけってるみたいだったから、それが気になってな」

 

う。

……お見通し?

父の、娘に対してはたらく、『第六感』みたいな!?

 

「いったい、なにがあったのさ? ほのか」

「教えたくないですっ」

「ほ~ん」

「…おとーさんのそーいう相づちの打ちかた、わたし、キライだから」

「アチャー、ほのかに嫌われちゃったか」

「…ふん。」

「きっと――こころをかき乱すような出来事でも、あったんだな」

「さぁねえ?? あったかなあ???」

「ほのかが、そういう大声を出し始めるってことは――なにかがあったってことだな」

「あんまりわたしの世界を侵略してこないで」

「侵略? 侵略なんかしてない」

「……じゅ、じゅんびをしなくてもいいのっ、おとーさん。お店開ける、準備」

「まだ早いよ」

「『まだ早い』なんて言ってたら、あっという間に時間が来ちゃうよ」

「…焦る必要もないのに焦っちゃってるのは…どうしたことかなぁ。疑問だ。お父さんは」

 

うるさいなあ……。

 

「ほれ、プリキュアでも観てたら、気持ちもほぐれるかもしれないぞ?」

 

あーもう、うるさいっ!!

 

「テレビなんか……観ないよっ」

 

まだコーヒーはカップに少しだけ残っていたが、立ち上がる。

カップとお皿をキッチンに運んで、さっさと洗ってしまおうと思った。

 

でも、あえなく呼び止められて、

「もうちょっとマッタリしてたっていいのに」

「やだ」

「『急いては事を仕損じる』ってことわざ知ってるか」

「知ってるけど?」

「マッタリとした気持ちの余裕がないと、試験の成績だって下がっちゃうぞ」

「…余計なお世話さま。」

「テレビでも、観てこいよ」

「だーからーっ、観ないって言ってるじゃん!」

「若者のテレビばなれ、ってやつかあ」

なのかもね!!

 

 

 

ストレスフルに…食器を片付けに行く。

 

キッチンで、入念にカップやお皿を洗っても、

まだ、どうしようもない気持ちのグラつきは残っていて。

 

それで、わたしは、思い立って、

ふたたびホールの父のもとに戻っていき、

 

「おとーさん。わたし、きょうお店、手伝うから」

「日曜日だぞ? いつもは、手伝わないで、部屋にいたり出かけたりしてるクセに――」

どうでもいいでしょっ

「おいおーい、こわがらせるなよーっ、ほのかぁ」

「――吹っ切れたいの。」

「吹っ切れたい、??」

「吹っ切れないと、どうしようもなくなっちゃう。だから」

「ほーほー」

「他人事(ひとごと)って思ってくれていいからね――おとーさんは」

 

 

じぶんの仕事というか、なんというか――、

こうでもしないと、

吹っ切れて、前進することも、できないし、

利比古くんに関する、グッチャグチャな感情だって、整理がつけられない。

 

――利比古くんに対する意識が、

そう簡単に、あたまから逃げていくはずはない。

 

わかってる。

 

だけど。

 

その意識を、いったん『お預け』にするぐらいに、精一杯、一生懸命、接客することに……決めたんだから。

 

30分かけて、お店の制服を着て、身だしなみをキチンと整えて、

わたしは――開店がさしせまった『しゅとらうす』のホールに、突き進んでいくのだった。