お小遣いをもらったので、高田馬場の書店に来た。
さっそく、文庫本コーナーに向かう。
文庫本を、3冊選ぶ。
文芸部部長で、なおかつ部内サークル『シイカの会』のリーダーたるわたくし、川又ほのか。
『シイカの会』の面々が目指しているのは、卒業までに、短歌の同人誌を作り上げること――。
だから、やっぱり、穂村弘さんの著作は、できるだけ漏らさず読んでおきたいのだ。
あと2冊は――小説。
え?
どんな小説を選んだのか、って??
それは、
それはですね、
女子高生の、秘密です。
レジに持っていって、会計を済ませ、
こんどは、漫画&学習参考書フロアに向かった。
とりあえず、某大人気少年漫画の最新刊を購入しておく。
大量の平積みに、『ムーブメント』というものを感じ取る。
それから、まじめにも、学習参考書コーナーへとわたしは足を運んでいく。
わたしはなにを隠そう、Z会の歯ごたえのある参考書や問題集が好きだ。
高偏差値なんですねー、とか、イヤミを言われそうだけど。
はい、じぶんで言うのもなんですが、それなりに高偏差値です。
偉大な、羽田センパイとか――その域には達してない。
文芸部OGだったら、松若センパイよりも、ちょっぴし下。
理数系科目が不得意なので、私立大学文系に狙いをしぼることになるかもしれない。
いや――、『かもしれない』とか言ってる場合じゃない時期なのかも。
私立文系とは、具体的には、
ほら、ここ高田馬場から歩いて約20分そこそこの……あの大学とかですよ。
『国語は得意だから、早稲田は比較的わたしに向いてるのかなあ』
こころのなかでそうつぶやきながら、Z会の現代文参考書を、書棚から抜き取ろうとする。
…そしたら、わたしの近くを通りかかった人と、肩がぶつかってしまった。
少しよろめくわたし。
「あ! ごめんなさい」
あちらから謝ってきた。
…どうも、聞き知った声だ。
耳馴染みのある声に導かれるがごとく、わたしは…振り向いて、顔を見た。
見たら――、
「とっとととととと利比古くんっ」
素っ頓狂な大声を……こらえきれず。
なんで!?
なんで!?
なぜ利比古くんが、こんな場所に!?
「うわぁー、川又さん! こんな偶然、あるんですねえ!」
朗らかな表情で、
「……先週の木曜日以来だ! よく出会いますね、最近。なんでなんでしょうか?」
うろたえて、
「あの……どうして、利比古くんは、きょう、馬場に?」
「姉と、待ち合わせです」
答える彼。
「姉が大学に行っていて、帰りに馬場で落ち合うことになってて」
「センパイが、馬場に…」
「連絡まだないですけど、そろそろキャンパスから最寄りの駅に向かってるところじゃないでしょうか」
「……」
わたしがことばに迷っていると、
「川又さんも、姉に会いたいでしょう?」
「…え」
「いっしょに、駅で、待ち合わせ、しませんか?」
よ、予想外の、積極さ。
たしかに、
せっかく、羽田センパイに出会えるチャンスなのだから、
逃(のが)す道理はない。
高田馬場の駅に行けば、センパイがやってきてくれる。
けれども、
『いっしょに待ち合わせる』、って、
利比古くんとともに、高田馬場駅に行って、
利比古くんとふたりで、センパイが改札を通るのを待ちわびる――ってことであって、
それは、
そんな、シチュエーションは、
ぜったいに、わたし、テンパっちゃう、
利比古くんとふたりでセンパイ待ち合わせなんて、度を越して緊張しちゃいそうな……。
……ううん。
勇気。
勇気を、出す場面だよ、ここは。
そうだよ、ほのか。
がんばろうよ、ほのか。
わたし――勇気を出して、利比古くんとふたりで、センパイを待ち合わせることに、耐えてみる。
「…姉と無事、落ち合ったら、3人で、お茶でも」
「きょうの利比古くんは――グイグイですね」
「?」
「ぐ、グイグイ来ますね、ってこと」
「――姉のほうでも、川又さんに会えるのは、うれしいでしょうから。とっても」
「でっ、ですよねぇ~」
「でしょう?」
「……はいっ。」
「きっと、ルノ◯ールみたいな、高いけど腰を落ち着けられるお店に連れて行ってくれると思いますし」
「……はいっ」
「たぶん、お代もぜんぶ、姉が出してくれるはずです」
「……助かります。お小遣い出たばっかりで、きょう、本に使っちゃって」
「さすがですね川又さんは。姉ゆずりの、旺盛な読書を」
「はい……旺盛なんです」
「旺盛なんですねー」
「…アハハ」
諸々(もろもろ)おかしくなってきて、ついに「アハハ」と笑いが出てしまった。
もう既にテンパりすぎてる結果……なのかな。
テンパり状態で……彼と、利比古くんと、
うまく、駅前のロータリーを……渡れるかしら。