放課後。
またもや、ぼくは、放送部に来ている……。
× × ×
クッキーやチョコレートが置かれたテーブル。
左斜め前には、前・放送部部長の北崎先輩。
そして真向かいには、現・放送部部長の猪熊さん。
「ホラホラ、遠慮せず食べたり飲んだりしなよ~、羽田くん」
そう勧めるのは北崎先輩だ。
…遠慮気味に、ファンタオレンジを飲むぼく。
猪熊さんの傍らには、カルピスウォーターのペットボトル。
思わず言っていた、
「猪熊さん、バナナジュースだけじゃなくて、カルピスウォーターも好きなんだね」
と。
「……それがどうしたんですか? 羽田くん」
う。
キツい反応。
苦し紛れに、
「いや、あのね……。いろんな飲みものが好きなんだねって思っただけ」
ツン、とすましたようにして、猪熊さんはなにも答えてくれない。
苦し紛れに苦し紛れを重ねて、
「猪熊さん。きょう……小路(こみち)さんは?」
「ヨーコですか? ――サボりじゃないですか? ヨーコは」
「えぇ……」
「ヨーコはズル休みがお得意ですから」
「ふ、副部長ポジションの子が、そんなのでいいのかな」
「わたしが、監督不行き届きだと?」
「そ、そこまでは言ってない」
軽くため息をつく猪熊さん。
「猪熊さん、小路さんに、手を焼いてるみたいだね」
「ヨーコだけじゃないです。わたしはたくさんの部員に眼を配らないといけないんです」
眼つきも声も鋭く、
「羽田くん。あなたとは違うんです」
くっ…。
クッキーをぽりぽりとかじりつつ、左斜め前の北崎先輩が、
「そういやさー、KHKはさー、なぎさと黒柳、もう引退したー?」
とぼくに訊く。
「いちおう、12月いっぱいということでして――」
「あした終業式だよね? 引退したって扱いで、いいんじゃん?」
「引退『扱い』とか、アバウトだと思うんですけど」
「なに、羽田くん、引退式でも執り行うつもりだったの」
「そんなつもりは…なかったです」
「じゃあ、あのふたりは、いまこの瞬間に、引退だ」
「ご、強引に引退認定しなくたって、北崎先輩」
「やったよ羽田くん。晴れて、KHKを好き放題にできるよ」
「好き放題って……」
すごーくニヤニヤしながら北崎先輩は、
「なぎさと、黒柳の、コンビさあ……」
「なっ、なんですかっ」
「すっごく、行く末が……楽しみ」
――そういう思考回路ですかっ。
「あんまり勘ぐったりしたら、あのふたりがかわいそうですよ」
とぼくはたしなめるが、
「いったい、どうなっちゃうんだろうね!?」
と先輩のニヤニヤ笑いは、止まらない。
『コホン』という咳払い。
猪熊さんの咳払いだ。
「北崎先輩。率直に言って、おちゃらけ過ぎです」
猪熊さんは厳しく言う。
「おー、亜弥、怖っ」
「真面目な話もしないと、部活動らしくならないじゃないですか…」
「なぁに? 亜弥、真面目な話を、用意してきたの?」
「――わたしは、羽田くんに、真面目な話がしたいんです」
まっすぐにぼくを見据える猪熊さん。
ぼくも、じぶんの視線を、猪熊さんの視線に合わせる。
――視線が合わさったまま、1分間近くが過ぎた。
「にらめっこ対決じゃん、これじゃあ」
横から北崎先輩がツッコミを入れるが、
「先輩は口を挟まないでください」
と猪熊さんは、ピシャリ。
北崎先輩は不満げに、
「つまんないの」
「こんな性格で悪かったですね、先輩」
「ホントだよ。亜弥」
「でも黙っててください」
「厳しいんだから。ホントにもう」
「猪熊さん……それで、きみが用意してきたっていう、真面目な話って」
「それはですね、」
「……うん、」
「羽田くん、あなたが、この学校の歴史に関する番組を企画している、という情報が、わたしの耳に届いて来まして」
「そうだよ。そういう番組を、考えてる」
「それに関して、わたしにも考えというか、意見が、ありまして――」
「どんな?」
――ここで、廊下を走る音が、部屋まで響いてきた。
次の瞬間、ドバーン、と、ドアを開け放つ音。
まさに、水を差すがごとく……サボって放送部欠席のはずの小路さんが、ぼくたちの眼の前に現れた……!
「おっはよー!!」
……苦虫を噛み殺すような顔で、猪熊さんが、小路さんを、見る。
「え?? キレてんの?? 亜弥」
「――だれだってキレます!!」
「遅刻したから? これぐらいの遅刻、許容範囲にしてよ」
「そういう意味で怒ってるんじゃないでしょーがっ!! なんでヨーコはいつもそうなの!?」
ついに、猪熊さんの口から、タメ口が炸裂した。
ほっぺたを赤くにじませながら、小路さんに激怒している。
そんな猪熊さんの様子が……少し、かわいい、と思ってしまった。