【愛の◯◯】猪熊さんの魔女ワンピース。そして……伝説の樹の下の。

 

日曜日。

学校祭の2日目だ。

 

登校しようと玄関に向かうぼくを、

「利比古」

と姉が呼び止める。

 

「……せっかく高校生活ラストの大イベントなのに、姉であるわたしが行けなくて、ごめんなさいね」

と姉。

 

「いいんだよ、お姉ちゃん。きょうは日曜でもあるんだし、しっかり邸(いえ)で休んでよ」

「わかったわ……」

 

ぼくに接近し、ぼくの右肩をぽむ、と軽く叩いて、

「頑張ってくるのよ、利比古」

と激励の姉。

 

アハハ…。

 

 

× × ×

 

カボチャの被(かぶ)りものをした女子が、

「羽田くんが来た~~」

と声を上げる。

 

カボチャのせいで顔は見えない。

でも、明らかに小路(こみち)さんだ。

 

「小路さん……すごい仮装だね。カボチャずくめだ」

 

Tシャツの絵柄がカボチャだし、ズボンにもカボチャのアクセサリーが付いている。

 

…そんな小路さんが、カボチャの被りものを取り外し、顔を出してくる。

 

「ハロウィンだからね」

と彼女。

「きみたちの仮装喫茶は、ハロウィンがテーマなの?」

「ノンノン、羽田くん。仮装喫茶じゃないよ。ウチのクラスは仮装喫茶ではなく、喫茶店兼仮装パーティー

 

いや…。人差し指を振りながら言われても、仮装喫茶と喫茶店兼仮装パーティーの違いなんて、ぜんぜん分かんないんだけど。

 

「まあ、全体的にハロウィンっぽい仮装になってるのは、合ってるかな」

と言う小路さん。

「入って入って、羽田くん。ちょうど、亜弥が接客してるとこだから」

 

エッ、猪熊さんが。

猪熊さん、どんな仮装をしてるのか。

ちょっとドキドキする。

 

× × ×

 

猪熊さんは――魔女だった。

 

とんがり帽子もさることながら、まさに魔女! といった感じの濃紺色のワンピースが眼を引く。

 

「羽田くぅん」

ぼくを教室内に連れ込んだ小路さんが言う。

「ぜったい亜弥のワンピースに見とれてるんでしょ!? 羽田くんもスミにおけないんだから☆」

「そ、そんなことないよっ」

ぼくは取り繕うも、

「亜弥って案外スタイルいいでしょ。163センチっていう背丈も絶妙だよね!?」

と、小路さんは攻め続ける……。

 

「ヨーコ…早く彼を座らせてください」

「わかってるよー。亜弥」

 

小路さんがぼくのために椅子を引く。

猪熊さんはぼくに背を向け、飲み物が置かれている場所へと歩いていく。

 

× × ×

 

お水を持ってきた魔女の猪熊さん。

意図的に、ぼくの視線を避けているようなのは、気になった。

 

彼女は、お盆から水のコップを持ち上げる。

ところが、彼女の右手はふるふると震えていて、コップの中の水が波打ち始めている。

 

「だ…大丈夫?? 猪熊さん」

 

「…大丈夫だから」

 

そう彼女は言うが、「大丈夫だから」と言うその声は、呟きにも似た小さい声だった…。

 

やっとのことで、コップを置くことのできた猪熊さん。

彼女に、

「ありがとう」

と言って、それから、

「そのワンピースに水をこぼしちゃったりしたら、大変だよ。気をつけたほうがいい」

とも言う。

 

「注意してくれて、ありがとう…」

デフォルトの敬語ではなくタメ口になるときの口調だ。

「でも、わたし、こぼさないから」

説得力無いなー。

「説得力無いなー」

「あるわよ。失敗するつもりなんか、無いんだからっ……」

「――ジュースとかコーヒーとか、ワンピースにこぼしちゃったら、もっと大変なことになるよ。心がけだよ? 猪熊さん」

羽田くんっ

「ウワッ」

注文して!

 

× × ×

 

これも茶番――といったところだろうか。

 

 

さて、学校祭もいよいよ終焉に近づいている。

ぼくらのクラスの出し物たるクイズラリーも滞りなく進行しており、ぼくにはもうタスクが課されていない。

よって、校内を思う存分ぶらつける。

 

腕時計を見たら、午後3時を過ぎていた。

 

反射的に、思い出す。

 

学校祭2日目の午後3時以降に、伝説の樹の下で、告白すると……

 

そう。

いろんな学校にあるみたいな、そんなありふれた「告白伝説」が、我が校にもあったりするのである。

 

――好都合か不都合か、今ぼくのいる地点から、その「伝説の樹」は、ほど近い。

 

ここらへんは閑散としている。

閑散としているのだが、かえってこういう空気の中で、伝説の樹の下で男女が◯◯なことになるシチュエーションが、形作られるものなのかもしれない――。

そういう妄想にふけっていた。

ふけっていたから、魔が差した。

魔が差したというのは。

伝説の樹の下に、だれかが…というより、男女ひと組が、立っているのではないか? と思ってしまって。

それで……伝説の樹のある地点に向かって、自然と足が進んでいってしまったのである。

 

 

すると。

伝説の樹の下、には……!!