放送部のお部屋に来ている。
小路さんではなく、下級生の女子にせがまれて、お部屋にやって来たわけだ。
『羽田先輩に部屋に居てほしいんです!』
教室までやって来た2年生の子に、そう言われた…。
お部屋に入るなり、質問攻め。
『羽田先輩は、3年生になってから、何通ラブレターを受け取りましたか!?』
というような、最高に答えにくい質問までも…。
適当にはぐらかしたが、ラブレター云々の質問をしてきた子は、朗らかな笑顔で、
『わたしたち奥のスタジオで次に作る番組の打ち合わせするんですけど、先輩はゆっくりしていってくださいね☆』
と言ってきたのであった。
× × ×
お菓子や飲み物が用意されてはいるけれど、必然的な手持ち無沙汰で、奥のスタジオの様子を眺める以外、やることが無い。
『居てほしいんです!』と言った割りには、放置プレイだな……とか感じていたら、ドアが開く音がした。
猪熊亜弥さんのご登場である。
× × ×
猪熊さんは無言で彼女の指定席に座る。
「猪熊さんは――まだ、部長なの?」
訊いてみる。
しかし、
「……」
と沈黙して、答えを返してくれない。
変だなあ。
「――小路さんは、きょう来るのかな?」
そう訊くと、うつむいて、
「……知りません」
と。
うつむいてるってことは……。
「ケンカでもしちゃったの?」
「……してません」
じゃあどうして、暗い感じなんだろう。
……よく見れば。
よく見れば、顔色が悪いような印象が……ある。
……不調なのか?
思い切って、訊く。
「体調、悪いの?」
「わたしの……体調が……ですか??」
「きみの体調のことに決まってるじゃないか」
またも口ごもる猪熊さん。
妙な間があいたあとで……彼女は、
「ね……寝不足な、だけです」
と、弱ったような声で言う。
ううむ。
寝不足……。
「寝不足も――体調不良の一種じゃないかな」
言ってみる。
「だ、大丈夫です、わたし。このぐらいの寝不足、なんでもないです……」
言い返される。
だが、ぼくは、
「――そうやって強がられると、逆に心配になってくるよ」
と、言い返しに言い返す。
顔色の悪さに加え、弱々(よわよわ)なうろたえ状態になった猪熊さん。
「ほんとうに、部活、できるコンディション??」
なんにもことばが返ってこない。
これは――「1択問題」、だな。
席から立ち上がるぼく。
立ち上がって、それからそれから、
「保健室、行こうか。」
× × ×
カーテンをそっと開ける。
猪熊さんがスヤスヤと眠っている。
――呼びかけるには、勇気が要るけど。
勇気を出してみる。
ベッドの横に立って、
「――猪熊さん」
と…起こすために、呼びかける。
1回では起きてくれない。
「猪熊さん」
再度、呼びかけ。
肩を叩くとか、からだを揺すぶるとか、そんなことできるわけもない。
だから、2回目は、声を大きくして呼びかけてみた。
30秒ほど経過。
…ゆっくりと、目を覚ます。
眼をこすりながら、静かに上体を起こしていく。
――ぼくの存在に気づくのには、時間を要しなかった。
バッ!! と飛び退くとか、そういうリアクションは、無かった。
ベッドサイドのぼくを、凝視するばかりの、猪熊さんだった。
ぼくをひたすらに見続ける。
やがて……顔に、赤みが出ていく。
「羽田くん…………どうして」
頭を搔きながら、答える。
「説明が必要だよね。
……先生に頼まれたんだ」
「先生って……スズキ先生」
「そ。
スズキ先生と雑談して、時間を潰してたんだけど、『羽田くんが起こしてきてよ』って、半ば強制的に言われちゃって」
彼女は少し目線を逸らし、
「どうしてそんなイジワルするのよ……スズキ先生。どうしてじぶんで起こしに来ないの? 羽田くんを使って起こすなんて……意味が、わかんない」
「ぼくだって不可解だったさ。でも、行くしかなかったんだ」
「行くしかなかったって、なによっ。スズキ先生の言いなりにならないでよっ」
「でも、もうしょうがないよ。きみが――起きてしまったあとでは」
「――スズキ先生に話がある」
そう言ったかと思うと、ベッドから抜け出し、立ち上がった。
しかし急に立ち上がったからか、よろめいて、ベッドに左手を突いた。
「猪熊さん。」
「……」
「……落ち着こう。」
彼女はベッドに座った。
彼女の背中と、彼女の長い髪だけが――見える。