2学期が始まっている。
フル稼働のスポーツ新聞部。
活動教室に部員5人全員が集まって、新聞づくりに精を出す。
「ふぅー」
キーボードをひたすら叩いてテレビ欄を作成していた日高ヒナが、手を止める。
「ひと休みか」
ボクは訊く。
「そうだよ。キリのいいとこまで来たし」
「キリのいいとこ…とは?」
「え?? ――地上波の民放6局と、NHKの総合とEテレ。ひとまず、ここまでの番組表を作ったとこ」
6局、?
「NHKはいいとして……民放『6局』とは、なんだ?? 民放のチャンネルは、5つじゃなかったか??」
絶叫する日高。
おいっ。
「……知らないが」
「9チャンネルだよっ、9チャンネルっ!!」
「9チャンネルと言われても……」
「正式には、東京メトロポリタンテレビジョン!!」
「……」
「というかさ」
「……」
「あたし、テレビ欄に常時、MXの番組表も載っけてるのに。それでなんでMXの存在を会津くんは認知してないわけ!?」
口ごもるボクに、
「もしかして……テレビ欄、読んでない!?」
と日高。
「い、いや……眼を通してない、わけではない」
「あやしいあやしいあやしい」
ムーッとなって、日高は、
「テレビ欄の校正は、いっつもソラちゃんだもんね。会津くんがテレビに興味なかったってことだね」
「興味ないのとは違う。テレビに触れる時間が、君と比べて格段に少ないだけ――」
「Z世代だ」
「は?!」
「Z世代だ。会津くんカンペキZ世代」
…意味わからんぞ。
見かねた水谷ソラがやって来て、
「あんまりテレビを観ないってことが、今どきの若者らしいってことだよ。ヒナちゃんはそう指摘してるんだよ」
と言う。
「まさに!」
なぜか得意げに、日高が、
「ソラちゃんは、わかってくれるんだよね~」
と、うなずきを繰り返しつつ、言う。
水谷が、
「ねえ、話が脱線気味だから、話題を換えてみようよ」
とか言い出す。
水谷はついさっき、ボクと日高の会話に割り込んできたばかりだというのに…。
……まあ、いいか。
自然の成り行き的に……2年生トリオの会話の輪が形成されていく。
× × ×
ペナントレースの優勝争いの行方と個人成績の行方について、日高と水谷が熱く語っていた。
特に、セ・リーグの個人成績について、女子ふたりは白熱しまくっていた。
不意に水谷が、
「おっ意外」
「…意外って、なにがだよ」
例によって水谷はツッコミを無視して、
「じゃあ、松中信彦の2004年の打撃成績、言える?」
はぁ??
「はぁ??」
「三冠王なのを知ってるのなら――、2004年松中の打率・打点・本塁打ぐらいは、暗記してるんじゃないの」
暗記、とは。
「――そこまでオタクじゃないぞ。ボクは」
「不勉強だよ~~」
ぬうっ。
「それに、オタクとか、関係ないし」
水谷……。
「2004年松中といえば……必然的に、セギノールの名前が出てくる」
だれだ、セギノールって。
助っ人外国人……なんだよな。
「……その選手は松中信彦とどういう関わりがあるのか」
「エッわかんないの会津くん」
「わからん!」
「…勝った☆」
「勝手に勝ってろ、勝手に」
× × ×
「おおーい、雑談もほどほどにしとけよー、2年トリオ」
あっ、すみません、加賀部長。
「そうですよね。申し訳ないです。手と足を動かすべきですよね。…手は、記事を書くために。足は、取材に行くために」
ボクは加賀部長にそう言った。
…言ったとたんに、日高が、
「また会津くんが、カッコつけたこと言ってる~~~」
うるせえ。
「――取材に行って参ります!!」
ずんずんズカズカと、活動教室の出入り口に歩いていくボク。
だが、背後に、日高がどんどん迫ってきている。
「なんだ。うざったいぞ」
「バカだねー、会津くん」
「い、言われる筋合いあるか」
「アメちゃん。」
「…?」
「アメちゃん渡したいんだけど、あたし」
キャンディをつまんだ右手を差し出す日高。
「取材終わりの疲労回復に」
と言う日高。
おとなしくボクは、キャンディを受け取ることにする…。
「ねえねえ。それとさぁ…」
いや、早く取材に行かせろや。
「ウチの高校、もうじき文化祭じゃん?」
だ…出し抜けに、なにを。
「会津くんは、文化祭で、なにがいちばん楽しみ?」
「…なんで今、それを訊くんだ」
「…ヘヘッ」
日高が、笑っている。
謎の笑い顔だ。
ポーカーフェイスとは、ちょっと違う。
明るく元気な日高の笑顔。
むしろ、その笑顔が…謎である。
不可解なまでに天真爛漫な……2学期初めの……日高ヒナ。