【愛の◯◯】エナジードリンクの落ちた床で

 

独りで、デスクトップPCに向かい、『PADDLE』の原稿を書いている。

 

新作映画のレビューをいくつか書いた。

そのあとで、インド映画の魅力を伝える特集記事を書いた。

 

いったん手を止め、両腕をグルグルと回し、肩の凝りをほぐそうとする。

 

――きょう、戸部あすかさんが、まだ来ていない。

 

来てくれないと若干困る。

というのは、彼女に協力してもらいたいことがあったからだ。

もちろん、『PADDLE』の編集に関わることで。

だが……彼女は一向に来る気配がない。

過剰にひっそりとした、ぼくだけが居る編集部屋。

 

× × ×

 

…ついにノック音がした。

 

あすかさん、なのだろうか?

ただ……あすかさんのノック音とは、なにかが違っている気もする。

こういうドアの叩きかたは……むしろ……。

 

 

ノックしたにもかかわらず勝手に編集部屋に入ってきたのは、

ぼくの天敵たる……浅野小夜子(あさの さよこ)だった。

 

 

「なにしに来た。勝手に入ってきやがって」

「いきなり挑発!? 結崎」

「浅野。これは挑発とは少し違う」

「ふーん。じゃあ、なんなの」

「……」

 

浅野小夜子に背を向けて、デスクトップPCの傍らにあるモンスターエナジーを手に取る。

一気に中身を全部飲んでしまう。

 

「また健康にリスクのありそうなもの飲んでる」

「…モンエナをバカにするな。浅野」

「バカになんかしてないわよ」

「モンエナを生産する人たちにだって、プライドがあるんだ」

 

「なにそれ」

おかしそうに笑う浅野。

笑うんじゃない。

 

浅野は、

「きょうは、あすかちゃん居ないの??」

と訊く。

訊くと思った。

 

「まだきょうは来ていない。…来てくれたほうが助かるんだが」

「あらあら。

 結崎にしては珍しいわね。あすかちゃんを頼ろうとするなんて」

 

言い返しに……窮する、ぼく。

 

「だんだん彼女のことを、認めてきてるって感じ??」

 

くっ……。

 

「なんにも言い返せないのね。図星って判断していいのね」

「う、うるさい」

 

浅野の方角に振り向いて「うるさい」と言った。

そしたら、浅野のヤツ、ぼくが座る安楽椅子のそばに接近してきた。

 

立つ浅野、座るぼく。

……向かい合い。

 

「結崎~」

「な、なんだ」

「ここらへん、汚すぎない??」

「汚すぎ、とは…」

エナジードリンクの缶が散乱してるじゃないの」

 

…うっ。

 

「わたし、拾ってあげる。」

 

そう言ってかがみ込む浅野。

 

――たまらずに、ぼくは、

「いいや、ぼくが拾う。ぼくのことはぼくでやるんだ」

と言い、安楽椅子から降りる。

 

 

――互いの眼が合った。

 

 

「ちょっとお、キョドってんの?? 結崎」

「……黙れ」

「わかったぁ。同じ目線になったからでしょ」

「……」

「同学年の女子と至近距離なんだもんね♫」

「……」

「なんとなくわたし、理解できる」

「……なにをだ」

「結崎が案外、初心(ウブ)だってことを」

「ふ……ふざけんな」

 

煽られて、思わず、

浅野に向かって……前のめりに、なっていってしまう。

 

浅野の、甘い匂いが……。

 

 

「ちょっとちょっと、近いわよ!? 結崎」

 

目線を下げて。

色とりどりのエナジードリンクの缶に、注意を向けるしかなくて。

 

「――結崎、」

 

「…なんだよっ」

 

わたしだって、ドキドキしちゃうじゃないの……

 

「…!?」

 

 

反射的に――顔を上げてしまい、

ふたたび、見つめ合いになって――。

 

 

「……」

「……」