日高も水谷も浴衣姿だった。
「会津くん、浴衣とか、持ってなかったの!?」
オーバーな声と身振りで、日高が訊いてくる。
「持ってる持ってない以前に――頭になかった」
そっけなくボクは答える。
そっけなさ過ぎたのか、
ショボン…とした顔になる日高。
「残念か? 日高。ボクが、普段着で」
「……」
黙られると、困るし、
『普段着だとむしろ、浮いてしまっているのかもしれない……』
という疑念が、わいて出てきて、
その疑念に、よりいっそう――、困らせられる。
微妙な空気を一刀両断するように、
「会津くん、準備不足」
日高とは逆サイドから、水谷がボクをとがめてくる。
「きっと、ヒナちゃんは――1年組の3人そろって、浴衣姿で、お祭りを、まわりたかったんだよ」
…そうだったのか。
「そうだったのか、日高。
準備不足で…悪かったな」
日高はかぶりを振って、
「ううん、いいんだよ、そこまでダメージじゃないから。
だけど、
来年のお祭りは――ぜひ、
会津くんも、浴衣で」
――言い終えて、
上目づかいで、はにかむ日高。
眼に焼きつく――、
印象的な、はにかみ顔だった。
× × ×
「ところで、あすか先輩は?」
水谷の言うとおりだ。
戸部先輩を、いつの間にか見失っていた。
「あすかせんぱーーーい!」
日高が大声で叫んだ。
しかし、戸部先輩が姿を現す気配は――感じられない。
消えた戸部先輩。
「――探すか?」
と言うボクに、すかさず水谷が、
「無理に探しに行かないほうがいいよ、わたしたちまではぐれちゃう」
「――そうか」
「しばらく、わたしたち3人で行動しよう?」
「そうだね、ソラちゃん。
グズグズしてると、花火が上がり始めちゃうし。
出発進行だ」
そう言って、日高が歩き始めた。
ボクは、日高のとなりに追いつこうとする。
すると、逆サイドから、水谷が追いついてくる。
「サンドイッチだ」
日高がふざけるように言う。
「会津くんの、サンドイッチ」
……あのなぁ。
「からかうなよな、日高」
不満の意思を示すために、
視線をそらして、日高を突き放す。
……日高とは反対側に、視線をそらしたから、
必然的に、水谷のほうを向くことになる。
水谷と、眼が合った。
顔と顔、眼と眼が合った――かと、思えば。
――なにゆえか、ドッキリと、眼を見開いている水谷の顔が、
視界に飛び込んでくる。
大きく眼を見開いたかと思いきや、
すぐさま、ボクから視線を外す。
水谷の歩くスピートが、
急激に、落ちていく。
「どうした? 置いてけぼりになっちゃうぞ」
ボクは水谷の眼を見て注意した。
――ビックリしたみたいに、伸びあがったかと思うと、
やはり、視線を外してしまう。
ビックリする理由なんかあるか?
ヘンなの。
日高のほうに、眼を向ける。
だが日高は、ボクのそばから離れていて、
食い意地が張っているのか? イカ焼きの屋台の列に並んでいた。
水谷との、一連の流れを――見届けていたかどうかは、わからない。
× × ×
「イカ焼きなんだから、気をつけないと、浴衣を汚すぞ」
「……あたしのこと、小学生みたいに思ってない!? 会津くん」
「小学生とか、極端な」
「イカ焼きの上手な食べかたぐらい、知ってるよ~だ」
「その口ぶりが、子供っぽい」
「うわっヒドっ!!」
イカ焼きそっちのけで日高は立腹(りっぷく)し出し、
「あたしより『お子ちゃま』なのは会津くんのほーじゃんっ」
……いったい、どんな根拠で。
「あたしのほーが、会津くんより、たんじょーび、だいぶ早いしー!」
「――ボクの誕生日をどこで知った?」
「うぐ」
「うぐ、じゃないだろ。教えた記憶がない」
「た……誕生日的には、あたしのほうが『お姉さん』だっていう事実は、うごかないっ」
うろたえる日高を、じっと見ていたが、
「会津くん、あんまりヒナちゃんを追い詰めないでよ」
水谷の警告が、ぶつかってくる。
警告をぶつけられたので、その弾みで、水谷サイドに視線を移す。
まっすぐ前を向き続ける水谷。
ボクのほうに――いっさい、
顔を向けることなく。
× × ×
くじ引きの屋台。
ガラガラを回して、出玉(でだま)の色で景品が決まるタイプの、くじ引き屋台だ。
日高にせがまれて、自腹を切り、ガラガラを3回回した。
すると、3回目で、5等が当たった。
景品はいくつかあったが、ボクはキャラクターのぬいぐるみを選んだ。
選んだ、というよりも、
選んで、あげた――というのが、正確だ。
ボクのものにするつもりは、もとから無かった。
最初から、景品は、日高に渡してやると――決めていたのだ。
日高のために、ガラガラを回したのだ。
「ほら」
「え、あたしにくれるの!?」
「ボクがこんなキャラを好むと思うか?」
「それって……純粋に、あたしのため、ってこと」
「そういうことだ」
「見直したよ」
「自腹を切らせたのには閉口したがな」
「……」
「日高? おい、」
「……ようやく。
ようやく、会津くんのほうから、あたしに、贈りもの、くれた」
「――うれしいのか?」
「とーぜん。」
「まあ、いつも君がボクにくれる『アメちゃん』なんかと、おあいこだろう」
「……なにそれ。いったいなにが、『おあいこ』なのやら、だよ」
日高は満面の笑顔だった。
キャラクターが日高の気に入ったらしく、
ぬいぐるみを、胸にギューッ、と抱きしめた。
その抱きしめる仕草を見ているのが……気恥ずかしく、
わざとらしく、花火の打ち上がりが近づく夜空を、見上げる。
「会津くんも、やるじゃん」
両手にかき氷を持って、水谷が近づいてきた。
「ブルーハワイとイチゴ、どっちがいい? 速く選んで。」
「……水谷の好みは、どっちだよ」
「速く選んでって言ってるのに」
ボクはイチゴのほうを手に取った。
「…かわいいね」
「うるさいぞ」
「…イチゴにした動機は?」
「それは――それは、
水谷のイメージが、いかにも、ブルーハワイ、で」
「なにそれ」
やはり、ボクに眼を合わせようともせず、
かき氷用ストローで、ブルーハワイを、口に運んでいく。
「……さっき、」
「ん?」
「さっき、水谷が、『あんまりヒナちゃんを追い詰めないで』、って、怒ってきたけど」
「…それが?」
「そのときの……君の、声のトーンが、低かった気がするのが……気になってて」
頬杖をつき、黙りこくる水谷。
暗くて、表情が、はかりづらい。
「…………会津くん」
「うん」
「なんか……ごめんね。わたし、ヘンで」
イチゴのかき氷に手をつけないままに、
「正直、いつもと違ってて、気になってた。」
「わかっちゃった?」
「そこまで……鈍くも、ないから」
「だよね」
ブルーハワイをすくって、口に持っていくのを、数度、繰り返してから、
「かき氷は甘いけど、人づきあいは、甘くない」
「――うまいこと言えてるようで、言えてないような、だぞ。水谷」
「だね。
――空回りだね、完全に」
人の群れが寄り集まり、
花火の打ち上がりへの機運が、どんどんと高まっていく。
打ち上がったら、
言うタイミングを、逃してしまうから、
「水谷」
「なに」
「持ち直してくれよな――2学期が、始まるまでには」
ボクなりの、元気づけに――、
「当然じゃないの。必ず、持ち直すから。」
と、水谷は、返した。
ひゅるる…という、例の甲高い音。
ついに、夜空に花火は打ち上がり、
短い間隔で、打ち上げられまくっていく。
花火の光で、水谷の顔が明るく照らされたとき、
彼女の口が、動いているような気がした。
や・く・そ・く。
そういう口の動きに見えた。
日高が、
小走りに、いくぶん小柄なからだを弾ませて、
ボクと水谷のもとに、合流してきた――。