野球部の取材に水谷ソラと行った。
いまは、帰る途中。
「…だいぶ、会津くんも、野球のことがわかってきたんじゃない?」
水谷は言う。
「そういう実感あるよ、わたし」
「それは…ボクを、ホメてくれてるのか」
「ちょっと違うかなー」
おい。
「…勉強したのさ。ボクも」
「野球を?」
「野球を。」
「どうやって?」
「各種文献で。」
「それ、怪しい文献も混じったりしてるんじゃないの」
ニヤニヤ笑いの水谷。
おい。
「たくさんの文献に眼を通したんだ。小学生向けの入門書だって読んだ」
「へーっ」
ボクの少し前方を歩く水谷は、
「勉強熱心なのはいいけど――アウトプットも大事だと思うよ」
「それは君にも言えることだろっ」
「なに? ブーメラン発言ってこと?」
「まあそんなところだ」
「……」
ピタ、と立ち止まり、
「ねえ会津くん、今度、おんなじテーマで、『文章対決』しない?」
「――どんなテーマで」
「……『野球において、投手力はどの程度重要か』」
「投手力、か……」
「どうかな」
少し考えてから、ボクは、
「投手力はどの程度『重要か』だと、漠然としてるだろ。投手力はどの程度『試合の勝敗を左右するか』ってしたほうが、より具体的になって、いいと思うが」
水谷は振り返り、ボクに眼を凝らして、
「会津くん、頭いいね」
「…別に。それほどでも。」
「わたしより定期テストの点数が上なだけある」
「…そんなに関係あるか? テストの点数だったら、日高のほうが、ボクたちよりだいぶ上じゃないか」
かなり驚きの事実なのだが……スポーツ新聞部2年生トリオのなかで、最も成績上位なのは、日高ヒナなのだ。
「あーっ、ヒナちゃんには、かなわないよねぇ」
「信じがたいことにな」
「そんなに会津くんには意外なわけ!?」
「うん」
「……ナメてない!? ヒナちゃんのこと」
うるさいっ。
× × ×
「そういえば、もうすぐ中間テストだね」
五・七・五っぽいリズムで、日高ヒナが言う。
「会津くーん」
「なんだよ日高」
「今度もまた、点数の見せあいっこ、しようねーっ☆」
「…おのれは中学生かっ」
日高は少しむくれた顔で、
「またそーやって、あたしをバカにするっっ」
おのれが中学5年生じみた言動や行動に走るからだろっ。
自重しろっ。
高校2年生になれ。
「ま、いいや。どーせ、あたしが勝つんだから」
「勝ってどうする、勝って」
「なんでそんなに冷たいの!? 会津くんって」
大声を上げる日高。
小柄な身体で、ドン引きのジェスチャー。
…あんまりイラッとさせるな。
「別に冷たくはなかろう」
「冷たいよ。会津くんは、まるで人間クーラーだね」
「…意味がわからないぞ、日高」
「プイッ!」
「ぷ…『プイッ!』って言いながら、そっぽを向くなっ!!」
「おーーい」
完全なる茶番劇状態のボクたちに向かい、加賀部長が声をかけ、
「部活のことも、進めろよなー」
とたしなめる。
すみません。
…白板(はくばん)前の教卓に両肘をついて、加賀部長が、
「まるで、漫才みたいだったぞ。…ただの漫才じゃないよな。なんていうんだっけか…、男女ふたりの掛け合い……。
そうだ。思い出した。
まるでおまえら、夫婦(めおと)漫才みたいだった」
日高の顔面が……みるみるうちに熱くなった。
「加賀部長」
「水谷…? なんだ」
「ちょっとよろしいですか」
「不用意に『夫婦漫才』とか言うのは、あまり良くないんではないかと」
「…そうか。たしかに、日高の様子をおかしくしてしまったもんな。わかった、水谷。以後気をつける」
水谷の忠告の直後に、新入生部員の本宮なつきが、加賀部長のもとに近づき、
「ほんとに、気をつけてくださいよ」
「む…本宮も、気になったか」
「気になります。ヒナさん、しばらく元に戻りませんよ?? あの様子だと」
加賀部長に厳しい本宮は、さらに、
「『その気』になっちゃうかもしれないじゃないですか」
「……? なにが言いたいんだ、おまえ」
「もうっ、部長っ」
不満を顔であらわにする、本宮。
ううむ……。