【愛の◯◯】店員さんが話しかけてくる魔境めいた文房具店……

 

あちゃーっ。

若干の寝坊だ。

朝ごはんを早く食べないと、お目当てのお店が開店しちゃう。

 

× × ×

 

「ごめんね、起きてくるの遅くて」

朝ごはんを食べながら、お母さんに謝る。

「いいのよっ♫」

キッチンを背にして私を見ながら、いつものように、お母さんは天真爛漫。

「月曜日なのに、こんな時間まで寝てて……私、どんどんだらしなくなってきてる」

「そう~?」

「目覚まし時計も効果なし」

「しぐちゃんの部屋に起こしに来てあげたほうがいい、とか?」

それも…どうなのかな。

「お母さんの親切は嬉しいけど、できるだけ、じぶんでがんばるよ」

「がんばり屋さんなのね」

天真爛漫スマイルで、お母さんは、

「しぐちゃんは偉いわ♫♫」

とホメてくる。

お母さんの天真爛漫な優しさが…ちょっと、むずがゆい。

 

「午前中買い物に行くって、しぐちゃん、言ってたわよね」

「文房具屋さんに行くの」

「どこの?」

「最寄りは、早稲田駅

「あらっ! 早稲田なのね♫」

「…なんでそんなに楽しそうな顔なの」

「しぐちゃん、それはね」

「…」

秘密よ♫

 

× × ×

 

早稲田駅、ということは、とうぜん某早稲田大学の最寄り駅でもある、ということで。

早稲田には……高校時代『腐れ縁』だった、篠崎大輔くんが、通っているのであって。

 

もしかしたら、お母さんには篠崎くんのことが頭にあって、それであんなに意味深な表情を作っていたのかもしれない……。

 

篠崎くんへのお母さんの入れ込みぶりに一抹の不安をおぼえながら、東京メトロ東西線に乗り込んだのだった。

 

× × ×

 

前から気になっていた文房具店だった。

 

大隈講堂や、いわゆる『本キャン』からは、かなり離れている。

篠崎くんと遭遇する危険のあまりないような立地で、助かる。

 

大学よりも、某都立高校のほうが近いような立地。

安心して入店して、まずは筆記用具の棚を探す。

 

非常に充実した品揃えだ。

とくにボールペンが豊富。

よりどりみどりといった感じ。――ここに来れば、だれでもお目当てのボールペンを見つけられるぐらいに。

 

1本を手に取って、試し書きする。

じぶんの大学で習った英語のフレーズを試し書き。

なめらかに書けた。

まず、このボールペンは購入だな。

でも、気になるペンはまだまだある。

ボールペン以外にも。

ほんとうによりどりみどり。

 

…実は、ほんとうのお目当ては、ペンじゃなくて、レターセットなんだけど。

ペン類の充実ぶりに、思わず滞留し続けてしまう。

 

『ウチのペンの品揃えが、そんなに気に入った?』

 

いつの間にか…近くに男の店員さんが来ていて、フレンドリーに声をかけてきた。

完全なる不意打ち。

どういう接客なの。

 

「えっと……いっぱい気になるペンがあって、楽しいです」

「それはありがたい」

 

『谷崎』というネームプレートの店員さん。

30歳前後…だろうか。

 

「いきなり話しかけて、ビックリさせちゃったね」

「…はい」

「すまんかった。…でも、これがおれのスタイルなのさ」

 

す、スタイルって。

 

いわゆる……名物店員的な?

 

「きみ、名前はなんてゆーの」

 

えええっ。

 

「こ、このお店では、客に名乗らせるんですかっ!? 個人情報って概念は……!」

「まあね。キレて出ていくお客もいる」

「そ、それは、仕方ないでしょう」

「ま、おれだってケースバイケースだ」

 

ケースバイケースというよりも。

この、谷崎さんってひと……社会人とは思えないほどに、マイペース。

 

「……甲斐田しぐれ、っていう名前ですけど」

「アレ、けっきょく言っちゃうのか」

「名前を晒したら……解放されるのかな、って」

「まあそれがフェアだよね」

「……レターセットの場所だけ教えてください」

「フム……」

「……??」

「レターセットご所望とは。……きみは、絶対にこの店の常連になるよ

「!?!?」

 

 

名物店員なのか。

はたまた、単なる変人さんなのか…。

 

魔境みたいなお店に、入り込んじゃった…。