夏休みだけども、きょうも登校して、スポーツ新聞部活動。
国際的なスポーツの祭典とか諸々(もろもろ)で、やることが目白押しなんだよね。
× × ×
会津くんは、お休み。
「なんで会津は休みなんだ」
ふと、加賀くんが言うと、
「歯医者さんだそうです」
すかさず、ヒナちゃんが理由を言ってくれる。
「お、おぉ……よく知ってるな、日高」
「えへん」
得意げなヒナちゃんは、さらに、
「あたしは会津くんの顔のホクロの位置だって知ってるんですよ」
「そ、そこまで……!?」
驚愕の加賀くん。
ヒナちゃんもすごいなあ。
「それはそうと、加賀先輩」
「な、なんだ、日高」
「会津くん情報コーナーもいいんですけど」
「?」
「加賀先輩――きょうは、ピコピコハンマーいらないんですか?」
「――なっっ」
「せっかく、副部長たる加賀先輩のNEWアイテムとして、ピコピコハンマーが登場してきたのに」
「アレは――おれ専用じゃねえから」
「加賀先輩は、常時、将棋盤の横に、ピコピコハンマーを置くべきだと思います」
「なぜにだ……?」
「ほかの部員がイケないことしたら、お仕置きするために決まってるじゃないですか!」
「おれは……暴力みたいなことは、したくないな」
「でも、ピコピコハンマーで叩くくらいだったら、バイオレンスさが緩和されるじゃないですか」
「……日高?」
「――とにかく、ピコピコハンマーと将棋盤と加賀先輩の取り合わせは、GOODだと思うんですよね」
「……なにがGOODなのか、おれにはわからんが」
「あたし個人の意見ですけども」
――面白いやり取り、してるなあ~。
そのまま加賀くんをイジめ続けちゃってよ、ヒナちゃん。
ソラちゃんといっしょに、ヒナちゃんと加賀くんの掛け合いを楽しんでいる。
「面白いね、ソラちゃん」
「そうですね、あすか先輩」
「このままずっと見ていたいけど――」
「それはダメですよ、先輩。行くところが、わたしたちには」
「だった。野球部行くんだった」
「そろそろ、取材の、約束の時刻では?」
「だね」
× × ×
野球部の主力メンバーに、秋に向けての抱負と、夏の甲子園の予想を訊いた。
夏の甲子園の予想、というのは、有力校はどこだとか、優勝するのはズバリどこかとか――そういうことを訊いたんである。
器具倉庫の日陰で休息しつつ、ソラちゃんとおしゃべりを交わす。
「野球部、2年生が中心になってましたね」
「代替わりだよ」
「世代交代、か。野球部に限らず、どの部活でも――」
「そんな季節だよね。運動部はとくに」
夏らしい、セミの声が響いてくる。
「あすか先輩は、いつまで――」
「わたしはしばらく引退しないよ」
「――だと思ってました」
「だって、代替わりのタイミング、まだまだ先でしょ。このままだと、わたしの卒業まで、怖くて加賀くんに部長職を引き継げないよ」
「たしかに。」
「ねーっ。1年生だって、そう思ってるよねー」
「加賀先輩には悪いですけど」
「彼に遠慮する必要なんかないよ」
「アハハ……ずばずば言いますね、あすか先輩は」
鳴くセミの数が増えたみたいだ。
ジリジリ、ジリリ……と、鳴き声が勢いを増してくる。
「ところで――ヒナちゃんですけど、」
少しあらたまった感じになって、ソラちゃんが言った。
「会津くんがきょう欠席じゃないですか」
「うん」
「会津くんがいないから――いまごろ、ヒナちゃん、さみしがってるのかも」
おっ?
「さみしがる、っていうのは?」
好奇心旺盛にわたしは訊く。
「ことば通りです」
「…ことば通り、って言われると、困っちゃうなぁ」
「…ヒナちゃんは、きっと、」
「きっと?」
「会津くんに……お菓子をあげたかったはず」
「……そういう、さみしさか」
「はい」
「活動教室に、いてほしいんだね……彼に」
「――『いてほしい』以上の感情を持っているかどうかは、わかんないですけど」
「ソラちゃんでも?」
「親友だけど――デリケートな部分には、むやみに触れたくなくて」
「いいと思うよ――ヒナちゃん想いだな、ソラちゃんは」
セミの声の音量が小さくなる。
「……ヒナちゃんに対して、『うらやましい』って思うことがあって」
「なになに?? 教えてほしいよ」
「……」
「恥ずかしがらずに、お姉さんのわたしに教えてごらんなさい」
「……お姉さんなんですか」
苦笑しながらも、彼女は、
「ヒナちゃんの、髪型が……いいな、って。
わたしより長く、伸ばしてて。
ボリューム多めなんだけど、どっちかというと小柄なからだに――よく似合ってて」
「――同じ女の子でも、かわいい、って思っちゃうよね」
「はい。素直に、かわいいなあ、って思っちゃって――。
わたしには、あんなにかわいくなれないから。
愛らしさ、というか、なんというか――ヒナちゃんのそういうところが、純粋に、うらやましい」
「――かわいくなりたい? ソラちゃんは」
「かわいくなんて、できっこないです」
「そっかあ~。
ヒナちゃんはヒナちゃんで、ソラちゃんはソラちゃんなんだし、
比べすぎて、じぶんを過小評価するのもよくないと思うけど」
「…はい」
「だけど――、あきらめちゃうのは、まだ早いんじゃない?」
「先輩? ……あきらめちゃう、って」
「ソラちゃんだって、もっとかわいくなれるよ」
「かわいく……なれる……って、具体的に……」
「たとえばさ」
どちらかといえば短髪のソラちゃんに、
心持ち、肩を寄せ、
「髪、伸ばしてみるとか」
「わたしが……!?」
「そ。髪伸ばして、イメージチェンジ」
「わたしが、髪長くしたら……ヒナちゃんと、かぶっちゃう」
「そんなことないよ」
イタズラっぽく笑ってわたしは、
「オススメの美容院、教えてあげてもいいけど」
「……わたしっ、中学時代から、ずっとこういう長さで。髪をロングにするメリットなんて……わかりませんっ」
「わからないというか、考えたこと、なかったんじゃないの?」
「……」
「ほら~」
「せっ、先輩は、ご存知なんですよね!? そこまでして髪伸ばしをすすめるからには」
「『髪を長くしたら、どんないいことがあるか』」
「――そうですっ、それを、教えてほしいんです」
70%ぐらいの本気さと、
30%ぐらいの、遊び心で、
わたしは――こう言った。
「会津くんが――よろこぶよ」
口を半開きにして、
ソラちゃんは、唖然呆然。
突然、会津くんを持ち出してくるなんて、想定もしてなかったんだろう。
ソラちゃんは、『ヒナちゃんと会津くんの関わりのほう』を、気にしてた。
じぶんが、会津くんとのことで、とやかく言われるなんて、思ってもみなかったんだ。
不意打ち、しちゃった。
その不意打ちの影響で、
ソラちゃんの顔が、じんわりと赤みを帯びてくる。
でも、
わたしの予測以上に、
ソラちゃんの顔、赤く火照っていて、
その顔面の熱っぽさが、しばらく――おさまりそうにない。
口をあわあわさせて、
言うことばを、なくしちゃっている。
うろたえ。
混乱。
やっちゃったか。
…ソラちゃんの、深層心理を、激しく刺激しちゃったみたい。
刺激しちゃった結果――、
意識してこなかったことを、意識しちゃって、ドギマギ状態。
いまの、ソラちゃん、
会津くんを思い浮かべるのを、やめようとしても――、
やめられなくなってるんだ。
恨んじゃうかな……わたしを。
許してほしいけど……不安。