【愛の◯◯】夜を引き延ばそう

 

終業式の日だから、学校が午前中で終わった。

 

帰宅するなり、制服を脱ぎ、それからそれから、利比古くんに会うための私服を選び始める。

 

私服を選ぶのは、楽しい。

じぶんでじぶんをコーデするとき、迷っちゃったりするのも、それはそれで、楽しみのひとつなのだ。

 

利比古くんのほうは、どんな服を来てくるんだろう?

彼と、釣り合うような、オシャレが、したいな……。

 

もっとも、彼のほうは、なにを着たってサマになるんだろうけど。

まぶしい彼だから。

 

…だったら、最初から、彼と釣り合わせるのは、無謀な努力でしかなかったのかもしれない。

 

それでも。

わたしはわたしの服装に、最善を尽くす。

 

× × ×

 

「――すてきなコートですね。川又さん」

 

えっ。

いきなり、コートを、ほめられた。

 

「と……利比古くんのほうこそ」

「似合ってると思いますか?」

「う、うん。利比古くんのコートだって、すてきに似合ってるよ」

「ありがとうございます」

 

「ありがとうございます」と言った利比古くんの顔が、街の明かりに映える。

 

「…姉譲りで、ファッションセンスに自信がなくて」

「な…なに言うの、羽田センパイだって、利比古くんだって、オシャレだよ……いつも」

「あはは。謙遜したのが、逆効果だったでしょうか」

「謙遜しないほうがいいよ……そんなに、ハンサムなのに」

 

ハンサム顔で微笑んでいる利比古くん。

わたしのことばが……嬉しい、はず。

 

わたしは、わざとらしく腕時計を見て、

「少し早いけど、晩ごはんにしよっか。どうせ、早く食べに行かないと、お店は混んでくるんだし」

「ですね。――クリスマスイブですもんね」

「早め早めの行動がいいよ」

「川又さんは、なにが食べたいとか、ありますか?」

「じつは――、前もって、ここらへんの飲食店を下調べしてきたの」

「お~。さすがですね」

「それで、それでね、」

「はい?」

「お店、わたしに決めさせてもらうのと……もうひとつ」

「なんですか?」

「この前の、お返しで……わたしのほうが、多く出すから、お金」

「えっ。悪いなあ」

「悪いなんて言わないで。あなたは500円だけ出して。残りはぜんぶわたしが払う」

「もしかして、きょう、川又さん、お金持ちですか?」

「……わたしのお金じゃなくて両親から提供されたお金なのが、恥ずかしいけど」

「いいじゃないですかあ。親御さんからのクリスマスプレゼントですよ」

「……18歳にもなって」

「まあまあ」

 

× × ×

 

「ごちそうさまでした。」

礼儀正しく言う利比古くん。

 

彼に言う、

「わたしが早稲田に受かったら……また、美味しいお店に、行こうね」

「はい。ぜひ」

「受験のほとぼりが冷めるまでは、会うのも、お預けになっちゃうかな」

「そっとしておきます。川又さんに迷惑をかけたら、いけないし」

「LINEでやり取りしようね」

「もちろんです。頑張ってくださいね、合格に向けて」

 

『うん、頑張るよ』と言うべきところ。

でも。

『頑張るよ』と言ってしまったら、そこで、ひと段落ついてしまうような気がして。

つまり。

この夜を、クリスマスイブの夜を、わたしは、長引かせたくて。

 

「ねえ」

「はい」

「利比古くんの邸(いえ)……門限は?」

「とくに、ありませんけど」

「そっか」

「ですから、夜遅くなっても、ノープロブレムです」

 

だったら……。

 

「……それなら、もうちょっと、いっしょに居られるよね??」

 

「――そのつもりでしたが、ぼく」

 

「そ、そ、そうだったんだ」

 

「いま邸(いえ)に帰るのは……ちょっと不都合なんですよ」

 

「不都合……??」

 

苦笑いと照れ笑いが混ざったような顔で、彼は、

「今夜、姉とアツマさんは、在宅なんです」

「…だから?」

「絶賛クリスマスパーティー中かと」

「…あのふたりで?」

「……懲りないんですよね。きっと、リビングを使って、イチャついてます」

「広いリビングで、ふたりきり…」

「ですから、そんなところにヒョコヒョコ姿を見せてしまうと、いわゆる『水差し野郎』になってしまうわけです」

「……」

「ほんとう、懲りないカップルですよ」

「……どんなこと……してるのかな」

「気になります?」

「わ、わたしだって……もういくつ寝ると、大学生だし」

「川又さんは想像力豊かそうですもんね」

「ぶ……文学少女だもんっ」

「おー」