【愛の◯◯】初めて「かわいい」って言われた日

 

【第2放送室】で、次なる番組の企画会議をしていたら、羽田くんが「ぼくそろそろ帰ります」とか言い出した。

 

「早退? いい度胸ね」

険しい眼つきでイケメン男子の2年生を見ながら言うわたし。

「ちゃんとした理由がないと、帰してあげないよ!」

すると彼は、

「ショッピングの用事があって」

「ショッピング!? ショッピングなら、KHKの活動が終わってからでもできるじゃん」

「それもそうかもしれないんですが……」

「なに? なーんか、歯切れ悪いね。そんなに特別なお買い物なの」

「……はい。そうなんです。特別なんです」

「――もしかして、お姉さんの、誕生日プレゼントを?」

「よ、よく姉の誕生日を知ってましたね板東さん」

「知ってるよ」

「……」

「それなら、許す。愛さんのための、プレゼント選びなのなら」

「許されたんですね……ぼくは」

「ゆるーす!」

 

ちゃんとした誕生日プレゼントを贈るんだよ……羽田くん。

 

× × ×

 

で、黒柳くんと、ふたりっきりなわけだ。

 

「板東さんは、羽田くんのお姉さんを、ほんとうに慕(した)っているんだね」

「そう。慕ってる。……だから、合宿での、あすかさんとのハンバーグ対決で、敗北してしまったのは、ほんっとうに悔しかった」

「――強くなりなよ。悔しさをバネにして」

いいこと言うじゃん、時たま。

でも、

「黒柳くんは――強くなる余地が、ないよね。挑戦しないから、敗北も挫折もない。それに伴う悔しさも味わったことがない」

わたしは煽(あお)る。

……黒柳くんは穏やかな表情のまま。

わたしの挑発的発言が、ダメージを与えていない……?

 

ビクともしない黒柳くん。

彼は、

「ぼくは――これからだよ」

「これからって……なにが」

「挑戦」

「……なにに挑戦するわけ? 具体的な夢とか目標とか、黒柳くん、少しも教えてくれてないよね」

 

……なぜだろう。

黒柳くんの未来予想図を知らないまま、終わってしまうのが、イヤ。

 

彼と、平行線をたどったまま、卒業して、別れ別れになってしまうのが……。

 

 

「――どうしたの? 板東さん。急に、考え込むみたいになって」

「に……人間は、考える生きものだから。ホモ・サピエンスって感じ?? あはは」

「――これ以上番組企画について話し合える状況じゃないね」

「うん……」

「KHKと関係ないことでも、しゃべろうか」

「……」

「それとも、そっとしておいたほうがいい?」

「優しさは……嬉しいけど」

 

わたしは、椅子に座りながら前のめりになって、

「つい最近、模擬試験があったでしょ?」

「うん。ぼく、毎度ながら、イマイチだった」

「笑って『イマイチだった』って言えるだけ、いいじゃないの」

「ご、ごめん」

すぐに謝らなくたって――。

だけど、これも、黒柳くんの個性、か。

「あのね。わたし、立教大学がまたもやC判定だったの」

「う、うん……」

「有力な第一志望候補なんだけど、受かるかどうか、微妙な線で」

少しだけ上目づかいになって、

「もし、受かれたら……道も、広がっていくんだろうけどね」

 

「そっか……」

彼は、真面目な居住(いず)まい。

 

「『アナウンサーになりたい』って言ったでしょ。1学期終わりの、カラオケボックスで」

「……憶えてる」

「羽田くんにいっさいバラさずに、黒柳くんにだけ打ち明けてるって、なんか、変な感じ」

だけど。

「だけどやっぱし……打ち明けるとしたら、黒柳くんだったのかな」

「……信用してるから、ってこと?」

「それはわかんない」

だけど。

「だけど――あまりにも、あなたのこと、これまで、信用しなさすぎだったから、もっと信用してみたい、と思って、それであんな行動に出たのかもしれない」

「無理して、信用を置かなくたって。ぼくなんかに」

「無理ぐらいするよ。これまでの態度の、反省も込めて」

それに。

「あなたはヘタレだけど、性格はいいから。――だれにもバラしてないでしょ? わたしの夢を」

「そんなことしたら……きみもぼくも傷つく。そして、きみのほうが、ぼくの何十倍も傷つく」

 

なんでこんなに優しいんだろ、と思うぐらい……優しいこと、言うのね。

 

「ありがとう。それと、いままで、ごめんなさい」

「……らしくないな」

「……らしくなくなるのは、あたりまえ」

 

「ぼくは」

あらたまった顔と声で、

「きみの夢を……陰ながら、応援するだけだ」

わたしは苦笑しながら、自嘲気味に、

「夢って言ったって、確率はすごく低いよ」

「夢に確率なんて、似合わないよ」

「そうかもしれないけど。……テレビ局のアナウンサー採用だと、ルックス重視は公然の事実で」

そう言うと、彼は眼を丸くして、

「まず……そこなの? そこを気にして、きみは可能性をじぶんで狭めてるの……」

 

彼の言いように、こころがザワザワし始める。

意外だった。

彼の反応が、とっても意外で、落ち着きをなくした。

 

「い……いちばん気にするのは、自然なんだよっ。アナウンサーって、そういう世界。わたしの顔は、あまりにも地味で……」

 

「板東さん」

 

「……なに?」

 

「そんなこと、ないよ。」

 

「だから、なにがっ――」

 

「すごく言い出しにくいこと、言うけど……。

 きみは、かわいいと思う

 

 

 

 

「もう一度……言って?」

 

「言う。

 きみは、かわいいと思う」