【愛の◯◯】重苦しさを払拭できない部屋の中で

 

曇り空を見つめている。窓辺に立って見つめている。わたしの部屋。午前10時30分ぐらい。雨こそ降っていないけど、空には雲が敷き詰められている。

空はなかなか明るくならない。灰色めいた雲がところどころに見える。少しは光を見せてくれたっていいのに、と思う。結構な時間立ち続けて観察し続けているんだけど、雲間から光がこぼれてくる場面は未だ眼にするコトができていない。

ハッキリしないから、空を恨んだ。見上げている空もハッキリしないし、わたしのココロの中もハッキリしない。二重の意味でハッキリしない。そして、わたし自身を恨まずに、窓から見える曇天だけを恨んでいる。曇天に責任を全て転嫁している。

曇天に全部押し付けてしまっている自分がイヤになった。窓辺からいい加減離れるべきではないかと思った。

しかし、窓辺から歩き出す寸前で、空模様に変化が兆すのが視界に入ってきた。

雲が動いた。一気に大きく動くワケではないけど動いた。空白ができた。その空白は薄い水色だった。曇天の敷布(しきぬの)の中に「晴れ」の部分が垣間見えた。

それから、灰色を帯びて澱(よど)んでいた雲が、灰色を失うのと引き換えに明るさを手に入れて、何物にも染まらないが如(ごと)き白色(はくしょく)に変化していった。

『空が希望を取り戻していっている』

そんな風にわたしには見えた。陳腐な比喩なのは分かっているけど、ハッキリしなかった空の状態がハッキリとしてきたのが重要なのだった。ハッキリとしてくるから希望を取り戻していくのだし、希望を取り戻していくからハッキリとしてくるのだ。

変化する空とわたしのココロを比べてしまう。活力を取り戻して明るくなってきている空。それに対して、わたしのココロからはエネルギーが産まれて来(こ)ず、内面は不透明な色に覆われ続けている。

不甲斐無さが昨日の午後から持続し続けている。せっかく兄貴の居ない隙(スキ)にマンションを訪ねたのに、おねーさんに変(ヘン)な態度を取ってしまった。わたしの発言の半分以上がタメ口(ぐち)発言になってしまっていて、とっても情け無かった。

急場しのぎの取り繕いでは、おねーさんの困惑を解消できるはずも無かった。急場しのぎの取り繕いコトバを言ったコトは言った。だけど、わたしの帰り際になっても、おねーさんの美人顔には「惑い」が浮かんでいた、確実に浮かんでいた。彼女の感情ならば、表情を見れば読み取れる、容易に読み取れてしまう。彼女とは10年近く寄り添っているのだから、「惑い」を読み取れないワケも無い。……読み取れないワケも無いから、なおさら痛くなる。その痛さは、今日のこの時間帯になっても癒えていない。たぶん、正午を過ぎても夕焼けがやって来ても、ズキズキとした感覚は胸の内に留まり続けるだろう。

 

× × ×

 

正午が目前に迫っている。ベッドに仰向けになっている。『ホエール君1号』と『ホエール君2号』を両方抱き締めている。高校時代から所持しているゆるキャラのぬいぐるみだ。ココロが沈んでいる時はよく抱き締める。ココロの沈みが危険な領域に近付いているから、1号・2号を両方抱き締めている。ココロの沈みが危険な領域に近付いているから、強過ぎるぐらいの強さで胸に押し付けてしまっている。

「はぁ」

重たい嘆息が天井に向かう。

「空の動きだとか雲の動きだとか、ほのかちゃんの方が、わたしよりも断然敏感なんだろうな。花鳥風月に対する感覚が、わたしなんかより100倍研ぎ澄まされていて。空模様だって、花鳥風月の中で大きな部分を占めてるんだし。空模様ひとつとっても、ほのかちゃんの感性に敵(かな)うワケが無い。昔から和歌と短歌が好きで、自分でも短歌を作っていて。現在も、戸山キャンパスで、『万葉集』や勅撰和歌集の勉強に打ち込んでるみたいだし……」

一気に言った。天井目がけて心情を吐き出した。何の意味も意義もあるワケが無い。

気が重くなる一方だ。ほのかちゃんと自分を比較したのが良くなかった。

ほのかちゃんとわたし、最近ギクシャクしているし。ギクシャクしているから、気が重くなるのに拍車がかかりっぱなしになる。

横向きになってホエール君1号・2号をキツく抱き締めた。過剰なチカラで胸に押し当てるから肩にまで負担がかかる。わたしの胸の大きさだったら、なおさら。

ダブルホエール君への愛情が暴力的なモノに近付いてしまっているのを自覚した約3秒後、正午のチャイムがけたたましく鳴った。

 

ホエール君を解き放って身を起こした直後に見たスマートフォンの画面は12時20分を示していた。

その時刻表示を見た途端に背筋に震えが走った。同じフロアに部屋がある年下の男の子の本日のスケジュールを思い出したからだ。今日の利比古(としひこ)くんの大学の授業は1限だけ。『1限後はサークルの部屋で少し暇を潰して、12時台には帰ると思います』と朝に伝えてきていた。こんなメンタルコンディションで利比古くんに2階に上がって来られるのはコワいしヤバい。ドアの外から足音が聞こえてきたらココロの乱れが止まらなくなっちゃいそうな気がしてならない。事態に対処するのには自信がある方だけど、今は自分が自分で無くなっちゃっているような状態だから……。

両手のひらで頭部を押さえつけて、次なる行動の選択肢を必死に思い浮かべる。グズグズしてると利比古くんが階段をのぼってくる! 対処不可能になる! 対処不可能を未然に回避するためには、行動を起こすしかない!!

脚をジタバタさせながら、思考の回転木馬を5倍速で回転させた。

有力な選択肢がひとつだけ浮上してきた。

左手でギュギュググッ、と左側頭部を押した。その直後に頭部から両手を離した。離した両手を腹部に近付けていき、半袖Tシャツの裾を鷲掴みした。