【愛の◯◯】悪夢の自責点は100

 

悪夢を見た。

 

これまでにないほど不機嫌な顔をわたしに突きつけてくるほのかちゃんが居た。ほのかちゃんのそんな姿以外に何も見えなかった。

胃がキリキリ痛んだ。そして、何もコトバを出せなかった。何か言おうと足掻(あが)いて藻掻(もが)く。でもその度(たび)に、コトバ未満のコトバが喉の奥に沈み込んでいく。

耳は優秀だった。ヒドいぐらいに優秀だった。ほのかちゃんからの恐ろしいコトバを余すことなく聞き取っていたから。

何も言えないわたしに、ほのかちゃんから、バシバシバシと攻撃的に、止(と)めどなき罵倒が投げつけられてくる。

文字にしたくない罵詈雑言(ばりぞうごん)。聞こえてくるのは、そればかり。

やめて。痛いからやめて。これ以上怒らないで……と、声に出すコトは、叶わなくて。

 

「勘弁してほのかちゃんっ、きっとわたしが悪いんだよね、わたしが悪い理由はわかんないけど、とにかく悪いんだよねっ……!!」

 

そんな叫び声と共に、わたしは目覚めた。

 

× × ×

 

恐怖がなかなか消えてくれない。

ベッドに座りっぱなしのわたしは、右のほっぺたに右手を持っていく。夢の中でほのかちゃんにビンタされたワケじゃない。だけど、わたしの右手は右のほっぺたに自動的に触れてしまう。

もう朝の9時が近い。気温は着実に確実に上昇している。だけど、わたしの背筋とココロはとっても寒々しい。なおかつ、背中が冷や汗でベッタリと湿っていてとっても気持ち悪い。起き上がった状態から変わらない着衣だった。ナイトウェアのままだから、背中の気持ち悪い湿りがいっそう肌に浸透する。

ベッタリとした背中に耐え切れなかった。だから、チカラを振り絞ってベッドから立ち上がり、脇目も振らずドアに近付いた。

 

× × ×

 

邸(いえ)の他のメンバーに見つからないように祈りながら、階下(した)の浴場に早足で向かった。浴場の扉を強く引いて脱衣所に突入した。

シャワールームではダメだったのだ。シャワーだけじゃなくて、洗面器に溜めたお湯を全身にぶっかける必要もあったと思ったから。シャワールームもあるにはあるんだけど、シャワールームで洗面器のお湯を何度もぶっかけたら、後始末が大変だし。

 

急場しのぎの服に着替えて脱衣所の扉を引き、廊下に出た。『なんとか取り繕えるはず』と思いながら歩こうとしたら、『入浴中』の札を扉にかけていないコトに初めて気付いた。そのコトで、わたしの焦りのキモチが如何に大きかったかを思い知った。

 

× × ×

 

「リビングC(仮)」のソファに俯いて座る。この邸(いえ)の中で3番目に大きいリビングだから、「リビングC(仮)」になる。

ひたひたと、かなり不都合な足音。

この足音は利比古くんの足音だ。すぐにそう判(わか)る。彼の足音であるのが判ったコトにより、俯き続けるのを中断できなくなる。

「おはようございます」

彼の明瞭な挨拶が耳に来てしまった。

「……おはよ」

弱々しく挨拶返しをすると共に、

「ごめんだけど、わたし、俯かなきゃいけないから……今の利比古くんの状態、わたしに説明して」

「状態?」

「たとえば、何か手に持ってるかとか。飲み物の紙パック持ってるなら、どんな飲み物の紙パックなのかとか」

「あすかさんの勘(カン)は鋭いんですね。ぼく、紙パックコーヒー牛乳を飲んでる最中なんですよ。これを飲み切ったら大学に行くんです」

わたし自身があまりにも不甲斐なくて、上手な受け答えの方法を完全に見失った。

何もかもイヤになりそうだし、それ以上に、わたしの外面も内面も自我も自意識もさらには存在自体も全て嫌って呪いたくなってきそうになる。

気付けば、

「そう、それはよかったね、いってらっしゃいっ」

という、地球上で最も投げやりなコトバを吐いていた。

『それはよかったね』って、なに。いったい、なに。おかしいよ。わたしの言語運用、崩壊してる。『それはよかったね』の『それ』って、なに!?

 

× × ×

 

利比古くんが「リビングC(仮)」を去った途端、わたしは走り出し、2階へと続く階段に向かい、その階段を一気に駆け上がった。

 

× × ×

 

自分のベッドを右拳で15回以上叩いた。

これも、わたしのマゾヒズムの表現だ。急速に被虐趣味(ひぎゃくしゅみ)が前景化(ぜんけいか)しているわたしだから、自分のベッドを15回以上殴打して、自分自身を痛めつける領域を広げる。――つまり、わたしのベッドもまた、わたしの肉体であり肌であるというコト。

確実に極度に混乱しているわたしの内面。そんな中であっても、「罪の意識」は内面に位置を占めて燃えさかり続けている。

「罪の意識」とは、もちろん、ほのかちゃんに対するモノ。

悪夢を見た責任はわたしに帰属している。自責点100といったトコロだろう。ある年の斉藤和巳(さいとう かずみ)の防御率どころではない天文学的な防御率。ほのかちゃんに顔向けできないぐらい、わたしはメタメタに打ち砕かれた。

『今、ほのかちゃんから連絡が来ちゃったら、わたしはどうなっちゃうんだろうか』

そういう痛々しい思いがココロの表皮を覆い続ける。

だから、ベッドの眼の前で腰砕けのごとく腰下(こしお)ろし状態のわたしは、より一層うずくまる。

そして、ほのかちゃんとは対照的な大きさの自分の胸をグググググッ、と過剰に押さえつける。